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2015年7月 8日 (水)

疑問二点

製造方法によって物を特定しようとする請求項、いわばプロダクト・バイ・プロセス(PBP)クレイムについては、最近の最高裁判決(平成24年(受)1204号事件(H27.6.5第二小法廷),裁判所時報1629)により---過去から早大の高林教授らが述べているように---、今後は原則として不明確な記載として処理されることとなると考えられる。

▼ この最高裁判決を受けて、特許庁はこの6日に早速、暫定的ながらPBPクレイムの取り扱いについての見解を発表した(「プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する当面の審査・審判の取扱い等について」,https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/pdf/product_process_C150706.pdf)。
 しかしながら、一実務家としては、この取り扱いについては疑問を感じるところがあるので、以下徒然に書いてみたい。

■ 最高裁判決が「判例」として扱われるのは、後続の同種事件での判断を拘束することによるのであるが、判決文のすべてが「判例」となるものではなくて、上告事件において争点となったところをどういう理由をつけて解決したか(判決理由---ratio decidendi)は何か、という観点から議論するのが一般的であろうと思われる。

■ そこでまず、上記最高裁判決をみると、

「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における特許要件の審理の前提となる発明の要旨の認定の在り方」

が争点である とされている。

 つぎにその判断の内容を見ていくと、判決では最初に、

「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、その発明の要旨は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として認定されるものと解するのが相当」

として、方法便法説、あるいは同一性説を採用すると言明する。
 そして次に、法36条の趣旨から、権利範囲の予測可能性を失わしめるような記載は一般的に認めるべきでない、と原則を述べたうえで、ただし、

「その(クレイムされた物の)具体的内容、性質等によっては、出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり、特許出願の性質上、迅速性等を必要とすることに鑑みて、特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど、出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合」

に限り、記載は認めるべき余地があるとする(特定不可能・非実際的要件とでもいうべきか)。

 つまり、本件判決における「判例」部分は、この同一性説の採用言明部分と、特定不可能・非実際的要件を満足する場合を例外として、PBPクレイムは原則として不明確な記載と判断すべきだとした部分とであると考えられる。

■ 個人的にはこの例外的な場合に限って第三者の利益を不当に害することがないという最高裁の見解は一見、よくわからないものだと思うけれども、今回はそこは省く。
 基本的に上記判例は、化学発明等を念頭において、例えばある組成物について組成が簡単に調べられるのに、その組成を明確にすることなく製造方法でクレイムして特許されたとき、一般にその組成を有する物にまで権利範囲を及ぼしたのでは第三者の利益を害することとならないかを問題にしているのではないかと思う。つまり、完成物がそもそも明確でないときに、製造方法という記載を以て明確ということができる判断基準を与えているのではなかろうか(個別の裁判官による補足意見を参照してもそのように思われる)。

■ さて特許庁は、この判例を受けて、製造方法により特定される物の記載とは、

  1. 「製造に関して経時的要素の記載がある」
  2. 「製造に関して技術的特徴や条件が付されている」
  3. 「製造方法の発明を引用している」

ものをいうとして(上記「取り扱い」の別紙1)、これらの場合に明確性要件が満足されないとした拒絶理由を通知するという。
 ここで、「経時的要素の記載」というのはつまり、「AしてBしたXと、…Yとを有する物」というクレイムにおける、この「AしてBした」の部分をいうと見られる(偏光子とボルト・ナットの例が示されている)。そこで私の疑問の一つは、

これは判例の意図したところか。

ということである。判例はあくまで最終物が特定不能であることを前提としているのではないか。それなのに、「指示体に塗布されていて、(光照射によって)液晶相に配向する」ように構成された偏光子じたいが不明確かどうかを放置して、そのような記載があるからと形式的に拒絶する運用は正しいのか。問題とすべきは、

  • (A)得られる物が不明確であり、かつ、
  • (B)その物が、製造方法でのみ規定されている

場合ではないのか。
 ボルトとナットの例はもはや意味不明であり、「凹凸を合わせて係合するように挿入してナットを嵌める固定部」が不明確で、「凹凸を合わせて係合した状態で挿入されていて、ナットが嵌められた固定部」が明確であるというのはその例示自体が不明確である。

■ そしてもう一つの疑問がある。それは本件取り扱いの適用範囲である。
 本件については、「既に成立している特許に対する審判事件も対象」だという。しかるに、上記のような「偏光子」については、それを「製造方法」のクレイムに補正すればよいというのだが、既に成立している特許については補正はできないから、訂正審判の可否が問題になる。
 ところが、非常にふるい判決ではあるが、昭和41年(行ツ)46(最判昭和47.12.14)によると、訂正は、明細書を基準とするのではなく、クレイムの記載を基準とすべきとある。このことから考えると、物のクレイムを製造方法のクレイムへカテゴリ変更することは、その製造方法の「使用」まで新たに権利範囲を及ぼすことになるのだから、訂正が認められるべきでないことになる(審判便覧もこの趣旨は同じ)。
 とすると、既にPBPにて権利化されている発明は、万一それが特定不可能・非実際的要件を満足しないと判断されたときには(そしてその要件の判断時は出願時だから、立証はかなり困難であると思われるのであるが)、無効にならざるを得ないこととなる。そこまで権利を不安定にさせることが判決の趣旨であったろうか。
 例えば、すくなくとも権利化されているもの(既に補正機会が失われたもの)については、特定不可能・非実際的要件を満足しているものと一応推定しておくべきではないのか(さもないと言っ放しの無効審判が発生したり、取りあえず主張可能な無効理由になってしまう)。

■ どの程度の割合で、特許庁の上記基準に照してPBPと判断されるクレイムがあるかはわからないが、仮に上記の例示のように、「経時的要素の記載」を広く捉えすぎるなどといったことがあると、その件数はかなり多くなるのではないかと思われる。
 また、ここまで劇的に取り扱いを変更するというわりには、意見聴取の機会もなく、審査を促進する必要があったとはいえ、これはどうだったかと疑問をぶつけたくなった次第である。
 しばらくは状況を注視するしかないが、出願人・代理人はもうすこし、本件について声をあげてもよいのではないか、とは思う(説明会は荒れるのだろうか)。

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