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2010年6月11日 (金)

条文を読んでみるはなし(23)

先週はそろそろ新規性に、と書いておいたのですが、もう少しばかり判例を挙げておいて、来週くらいに柱書きの内容をまとめてから新規性にいきましょうか。どうも柱書き判例はポツポツでていて少し気になるものもあったので。

▽ といってもまた、計算機分野が主になるのですが…

■ 全体的考察
 いつか書くことになると思うのですが、クレイムの一部に周知慣用の技術がある場合に、これをどう扱うかというのはクレイム解釈問題の一つなわけです。
 そうしたクレイム解釈の一つの考え方として、慣用技術部分は発明を構成せず、従ってこれを除外して発明を認定するべき、という考え方があります。この考え方の欠点は、慣用技術部分が大きくなるほどクレイムが広くなることですが、まァその話はいずれとして…

「柱書きの判断についても周知慣用技術を除外して判断するべきだ」

と述べた原告に対する裁判所の判断がこちら。

特許法2条1項が「『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と定め、同法29条1項柱書において、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」とした上で、「次に掲げる発明」として、1~3号に公知発明等を挙げている。このような特許法の規定の仕方からすると、特許法は、特許を受けようとする発明が自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものであり、かつ産業上利用することができるものであるかをまず検討した上で、これらの要件を満たす発明であっても公知発明等に当たる場合には特許を受けることができないものと定めていると解すべきである。そうすると、特許法29条1項柱書該当性の判断に当たっては、特許法39条、29条の2、29条1項及び2項のように、2つの発明を対比することにより特許要件の有無を判断する場合とは異なり、特許請求の範囲によって特定された発明全体が自然法則を利用した技術的思想の創作に当たるかどうかを全体的に検討すべきであって、公知発明等に当たらない新規な部分だけを取り出して判断すべきではないと解される。

 ポイントはクレイムされた発明全体が柱書きに該当するかを判断すべきとした点です(傍線は本記事著者)。

■ 人の精神活動
 精神活動に関する事件としては、先週にも書いた事件(平成20年(行ケ)第10001号事件)があります。この種の事件にはいくつもありまして、先週は書きませんでしたが、例えば平成19年(行ケ)10369号事件等があります。
 この事件では、裁判所は、

 特許の対象となる「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり(特許法2条1項)、一定の技術的課題の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。
 したがって、人の精神活動それ自体は、「発明」ではなく、特許の対象とならないといえる。

という判断をしています(傍線は本記事著者)。
 具体的に、人為的な取り決めや精神活動だけを利用していて、自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえないとする判断は、例えば平成19年(行ケ)第10327号事件で対象となった審決にあります。
 この事件で対象となったクレイムは、

【請求項1】商品の販売元が彩色商品カタログを、インターネット通信販売システムを介して宣伝し、
 この商品カタログのデジタル・データを受信した消費者が自己のパソコンのモニタに表示された商品カタログのデジタル画像を見て、その中から購買希望の商品を選択して、販売元に注文することにより所望の商品を購入するインターネット通信販売システムを介する商品の販売方法であって、
 (イ)販売元が、少なくとも一つの彩色商品の見本画像と基準色画像を組込んだ商品カタログを作成し、この商品カタログのカラー画像データをデジタル商品カタログとしてインターネット通信販売システムを介して消費者に宣伝し、
 (ロ)このデジタル商品カタログを受信した消費者が、受信データをパソコンのモニタにデジタル画像として表示し、
 (ハ)この消費者が、パソコンを操作してモニタに表示された商品カタログの基準色画像の色を自己が所有する印刷された前記基準色画像の色に実質的に合致させ、同時に色が調整されたモニタ表示の商品カタログの彩色商品画像の中から所望の商品を選択して販売元に注文することを特徴とするインターネット通信販売システムを介する商品の販売方法。

というものです。ここにクレイムされている内容では、消費者が、PCモニタに表示させた画像の色を調整して見る、というだけで、各技術要素(技術的手段)には何ら新規な特徴がないわけです。それで---というだけでもないですが[※1]---自然法則を利用していないという判断がなされ、一般的に是認されることになるわけです[※2]

■ ちなみに、こういう発明の場合、

モニタの色調整機構が工夫され、印刷された色に一致させやすいようになっている

など技術的手段に新規なものがあれば、自然法則の利用が推認されたことでしょう。

[※1]ここでの議論では、課題解決のための技術的手段の採用云々の問題を、当該技術的手段の新規性の問題に置き換えてしまっておりますが、この書き方はあんまり正しくないと私は思います。ただ、私個人の考えに対する正確性を期するとなると、記事が長くなるので、ここでは簡便に「発明性」の問題と同視しておきたいと思います。

[※2]この判決においては飯村判事は是認はしておりませんが、判断に踏み込んでもおりません。コメントに基づき修正させて頂きます。

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コメント

この商品販売方法の事件は自然法則の利用性についての
判決なのですか?

投稿: TT | 2010年6月12日 (土) 13時16分

コメントありがとうございます。

誤解を招く書き方でありましたので、頂いたコメントに基づいて修正いたしました。
正確には、この判決において対象となった審決における判断、ということです。裁判所は必ずしも審決の柱書きの判断を是認しないとしていますが、その内容に踏み込んでもおらず、私個人としましては、結局は表現の問題であろうかと考えております。

投稿: ntakei | 2010年6月16日 (水) 02時55分

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