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2010年2月10日 (水)

苦言 ばなし

昨年末のパテント誌掲載の「特許審査手続における意見書と補正書」という特集は、改めて中間処理実務の初歩を確認する意味で役に立ったんではないかと思う。

▽ しかしながらまさか拒絶理由コピーで反論に代える代理人はいやしまいよ、と所内で言ったら、なんと、パートナーの一人は、

「いやぁ、いるんだ、これが、たぶん」

という話だった。

■ 彼の話では、明細書はともかくとして、中間処理のコメントにしても、意見・補正にしても、基本的に系統だって教えている事務所なんて少ない、というのである。かくいう彼も、最初に所属した事務所では、「ひな型」へのコピペにしていたことがあったともいう。

■ そうかぁ。そうするとあのパテントの特集は、もしかすると、そういうことを背景にした「苦言」としての特集だったのかも知れないなぁ。
 かくいうこの私、オマエはそう客観視して偉そうにできるほど、いい意見/補正を作成しているのだな、というように絡まれてはかなわないのだけど、少なくとも「コピペ意見書」よりは随分マシだろうよ、と思う。そんなわけで、「上求菩提、下化衆生」という例の考え方に則し、すこしばかり私の中間処理方法論について書いてみたい、と思う。
 以下は私個人の方法論なので、異論があっても仰るには及びません。他の方法論をご紹介頂くのは嬉しいですが。

■ 対拒絶理由の中間処理において、一番重要な書面、それはいうまでもなく「拒絶理由通知」である。これをまともに読まないと、話が始まらない。
 拒絶理由通知において重要なことは、審査官が本願について読み違えをしていないか、あるいは、引用文献との対比に違和感がないか、ということで、つまりは審査官による本願の認定の妥当性を検討することが大事だ。つまり、チェックポイントの一つは、

「(1)審査官は本願を理解したか」

ということ。
 結局、クライアントに対するコメントでも この点が最も重要で、審査官が本願発明を誤認している場合、技術説明を行って認定を覆しておかなければならない。ここを放っておいてはいけない。

■ 次に、29条1項3号や2項の場合など引用文献がある場合、引用文献の認定の適否、という問題がある。
 いつかも書いたことだけれど、引例の請求項とだけ対比がされている場合など、拒絶理由に都合のよい部分を切り取って対比が行われている場合がある。しかしながら引用文献における各技術要素には、引用文献のコンテクストの中での意味というのがあるのである。引用文献というのは、ただ全体を読んで理解すればよいのではなくて、拒絶理由における認定が正当であるかどうかを確認する読み方で読まなければならない(かといって、意図的に審査官が誤っているという前提で読んでいってはいけない)。
 29条2項、つまり所謂「進歩性」というやつについて、いろいろ反論方法を紹介する文献があるが、結局のところ、審決取消訴訟の裁判例において、審決が取り消される場合には、「引例の読み違い」や「引例と本願との対比誤り」を理由とするものが多いことを忘れてはいけない。つまり、

「(2)審査官による引例の認定は正当か」

ということ。
 これは反論の第一ポイントになる。

■ そして引用文献がある場合は、ふつう、本願との対比が行われているはずなんだけれど、これは特許庁の審査官の中にこういう方がいる、という形で、別の苦言を申し上げたいが、

「引用文献には、」

と書き出しておいて、本願発明のクレイムをコピペし、

「…が記載されている。」

という拒絶理由がごく稀にある。これは対比をまったく放棄しているのである。私としてはこういう拒絶理由については「戦闘態勢」につい入ってしまうことがある。たいてい数分で自分を戒めるけれども。
 …いや、これは余談。とにかく対比が行われている場合、対比が正当か、というのが次の段階。文言の一致だけで対比が行われている場合など、引例認定の適否と相俟って、不当な対比になっている場合がある。引例のコンテクストで解釈して、本当に本願の技術思想が開示されているか、そのための対比になっているかを確認する。標語風に要して言えば、

「(3)対比は正当か」

ということ。個人的な経験からして、拒絶理由を首尾良く覆せるケースには、この対比が不当なケースというのが多いように思う。
 あぁ。ここでは基本的に、審査官はなぜ、本願と、この引例とを対比したのだろう、という点を理解しようとするのが大事。本願と引例とは違って当然で、ここでは審査官がどこに相同性を見出したかを理解することが重要。これはクライアントへのコメントにおけるいわばハイライト部分になる。

■ と、ここまでで随分ながくなっちゃったんで、あまりこういう話を「つづき」にしたくない私としては、以上の検討のとば口だけをまぁ、ご紹介するとして、次に、上の例での反論例というのを簡単にご紹介しておきたい。

■ (1)審査官は本願を理解したか
という判定で、理解していない、と結論した場合、まずは自分の記載不備を疑うのが公平な考え方というものだ。というか、それが補正の指針の一つになる。
 引例とは明らかに違う本願の本質を明確にするわけだ。この場合、反論は若干36条的なものになる。そのうえで、引例との相違点をちゃんと指摘する。指摘するのは最も大きい一点だけでいい。アレもコレもなどと書く必要はない。審査官は優秀なのである。

■ (2)審査官による引例の認定が正当か
という判定で、正当でない、と結論した場合、この場合は引用文献内の具体的記載を指摘して、審査官がどういう過程を経て誤認することになったかを明らかにしていく。多くの場合は、記載の部分的読み飛ばし、不当な切り出しなどで生じるのであるが、これはもうそれぞれに反論の仕方が違ってくる。ただ、とにかく引用文献のどこを読めば、審査官が誤りを知ることができるかを指摘するといいと思う。

■ (3)対比の正当性
の判定で、正当でない、と結論した場合、この場合も、対比に係る技術事項の、引用文献における意味と、本願における意味とを明らかにする。必要であれば、本願発明の当該技術事項を明確にする補正を行うことを検討する。間違った対比がされるのには、本願の記載が十分でないということもあるのだ。

■ というように書いてきてみたが、こうして得られる反論は、とうてい拒絶理由をコピペして、

「…という審査官殿の認定は誤りです。だから特許ください」

などという「一行反論」にはならない
 そうそう。クライアントに対するコメントだって、「審査官は <<拒絶理由のコピー>> といってます。どうしますか?」みたいなコメントは、代理人として少しどうよ、という気はしますがね。まぁ、こちらはお客様ごと、ではありますけれどもね。

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