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2009年7月27日 (月)

リセット! ばなし?

楚人有鬻盾与矛者 誉之曰 吾盾之堅 莫能陥也 又誉其矛曰 吾矛之利 於物無不陥也 或曰 以子之矛 陥子之盾 何如 其人弗能応也

▽ これは韓非子にある「矛盾」をいう著名な一節ですが、この楚の商人はその後、信用を落としたことだろうと思います。
 基本的に前後で論理が破綻するようなことをいうのは信義にもとるわけですが、法律の世界でも同じで、以前に主張した事項と矛盾することは後に主張できないこととなるわけです。これを禁反言(estoppel)などといいます。特に、特許の世界でプロセキューション中に為された主張に対して、それに矛盾した主張をすることは「包袋禁反言(File Wrapper Estoppel)」と呼ばれます。

■ この包袋禁反言があるために、拒絶理由に対する意見書では、登録後にされるであろう係争での主張に矛盾した発言がないように注意する(要するに余計なことは言わない)必要があります。意見書の作成はそういう意味で、ただ単に拒絶理由に対する反論を書けばいいというものではなく、言いたいことが言えなかったりということがあるのですがー…。

■ ツイ先日、判例データベースに掲載された判例、平成 19年 (ワ) 27187号 は、米国の企業、スターサイトテレキャストが、我が国を代表する電機メーカー「東芝」に対して特許権侵害を主張した事件です。
 スターサイトテレキャストの特許権は、特許第 3600149 号。そのクレイムは、

 タイトル、放送時間そしてチャンネルをそれぞれが含んでいる複数のテレビジョン番組リストを電子メモリに記憶するステップ、
 時間とチャンネルのグリッドガイド形式で前記の複数のテレビジョン番組リストのチャンネルの中の幾つかをモニタースクリーン上に表示するステップ、
 このモニタースクリーン上でカーソルを移動してグリッドガイド形式で表示されたチャンネルの一つに目印を付けるステップ、そして
 グリッドガイド形式の代わりに単一チャンネル形式でその目印を付けたチャンネルを表示するステップ
を備え、前記の単一チャンネル形式はその目印を付けたチャンネルに対応するチャンネルのテレビジョン番組リストを順次配列した行を含んでいることを特徴としたテレビジョン番組リストのデータベースを閲覧する方法。

09072801 要するにテレビ番組のリストを表示してチャンネルを選ばせ、その選ばれたチャンネルの番組のリストを配列した行を含む形式の表示が行われる、という話です。「単一チャンネル形式」の表示は、明細書の図7(公報から引用して、右に掲げます)に描かれたものと思いますが、時刻とタイトルとを一覧したものみたいですね。

■ この特許権に係る出願は、特願平3−516691号(PCT出願です)からの分割になっています。原出願に対する審査も進んでいた模様で、拒絶査定不服審判が請求されています。この審査過程で、どうやら出願人は、

「テレビジョン番組リスト」とは、テレビジョン番組のタイトルのリスト、すなわち、テレビジョン番組のタイトルが並んだもの

だと主張したらしいのです(判決より)。それを分割後の特許権を使うときには、

「テレビジョン番組リスト」とは「個々の番組単位における番組情報」をいう

と主張したらしく、これは信義則にもとる禁反言ではないかと、被告側はそのように反論します。
 じっさい、原出願における「テレビジョン番組リスト」の説明と、分割出願後での「テレビジョン番組リスト」の説明とには変わりがないように見受けられます。したがって被告側の主張も頷ける気がするのですが…

■ 裁判所は、次のように判じています。

被告は、原出願の拒絶査定に対する審判手続及び原出願審決に対する審決取消訴訟手続では、原告が、「テレビジョン番組リスト」の用語を「個々の番組単位における番組情報」の意味では使用しておらず、各手続における特許庁の主張及び裁判所の判決においても、「テレビジョン番組リスト」とは、テレビジョン番組のタイトルのリスト、すなわち、テレビジョン番組のタイトルが並んだものと解されているから、本件発明における「テレビジョン番組リスト」の文言についても、「テレビジョン番組のタイトルが並んだもの」を意味すると解すべきであり、分割出願に係る本件特許権による権利行使の際に、同用語の意義を違えて主張することは、信義則に基づく禁反言法理から許されないと主張する。
しかしながら、分割出願制度は、一つの出願において二つ以上の異なる発明の特許出願をした出願人に対し、出願を分割する方法により、各発明につき、それぞれ元の出願の時に遡って出願がされたものとみなして特許を受けさせるものであるから、原出願で特許出願された発明と、分割出願で特許出願された発明は、本来、内容を異にするものであり、分割出願された発明の「特許請求の範囲」に記載された文言の解釈が、原出願の手続における文言の解釈と必ずしも一致する必要はないというべきである。したがって、本件特許の「テレビジョン番組リスト」の文言の解釈において、仮に、原出願の拒絶査定に対する審判手続及び原出願審決に対する審決取消訴訟手続において使用された「テレビジョン番組リスト」の文言の意味とは異なる解釈をしたとしても、禁反言法理から許されないとはいえず、被告の上記主張は採用できない。
なお、被告は、本件特許の登録後に関連で再分割出願された2つの特許出願の経過についても主張するが、本件特許とは異なる特許出願における「特許請求の範囲」に記載された文言の解釈に係る主張であり、上記と同様の理由により、これを採用することはできない
※着色は本記事著者

 つまり、これは、分割出願をしたら禁反言的主張はリセットだと、そういうこと??

■ ちょっと気になる判断です。これが本当なら、一部に特許してもよいクレイムがある、という拒絶理由を受けたらすかさず分割して禁反言主張をリセット! という戦略が成立してしまうかもですが、ただ、出願時点の遡及の関係ではどうなのか。禁反言的主張によって出願日を現実の出願日まで繰り下げられるとすれば(クレイムの内容が違うというのであれば出願日を原出願の日にすることができるかどうか検討の余地ができるように思う)、先行技術の範囲はぐっと広がるでしょうし、これに頼ることにするのは危険な気もします(そもそも判決の理由中の話ですから後の判決が必ずしもこれに倣うかは不透明なんですが…)。

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コメント

どっちにしても、出願人自らが同じ事に二通りの解釈を示したら、どちらの意味かが特定できないとして、記載不備で拒絶されることになるような気もしますが。

そうなると墓穴を掘るようなものでしょう。
補正内容によっては、新規事項の追加と見なされるでしょうしね。

本願と分割出願とは独立した出願ですから、禁反言は適用されないのが妥当とは思いますが、それは、明細書に明確に書いてある場合のみ有効なことでしょう。

矛盾したことは言わないのが、正攻法でしょう。

本件の場合どうなのかは、チェックして無いので分かりませんが。

投稿: とおる | 2009年7月28日 (火) 06時18分

とおる様
コメントありがとうございます。

実を言えば私も禁反言が適用されないという判断自体は妥当だと思っています。

ただ、こう明確に書かれると、この記載を理由に分割出願が妙な方向に使われるのではないかと、そんなことを気にしてます。

あぁ。なお、本文に書き忘れましたが、本件ではスターライト側が敗訴しています。

投稿: ntakei | 2009年7月30日 (木) 03時07分

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