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2009年3月10日 (火)

乱読日記[120]

橋本進吉,「国語音韻の変遷」

童話で有名な「グリム兄弟」は、文学者で民話収集家でもあるが、また言語学者でもある。高校時代には言語学が好きだった私としては「音韻の変遷」というと「グリムの音韻移動則」である。

▽ グリムの音韻移動則では、インド・ヨーロッパ語族からゲルマン語族が分化する過程で生じた音韻移動で、例えばd→t移動などがある。つまりd音がt音になるってこと。一例としてフランス語の「10」が dix でd音が残っているのに、英語では ten のようにt音に置き換わっている感じのたぐい。

■ 今回の書籍も「青空文庫」より。

■ 日本語の場合、例えばひらがななんかは確定的な音を表しているような気になっている我々であるが、例えば「ん」などは、n音、m音、ng音のいずれかになる。
 東京の神田駅の「かんだ」の「ん」は、n音である。これを唇を閉じてm音で発音すると「かむだ」のように不自然になる。一方で、閻魔様の「えんま」の「ん」は、m音になる。唇をあけてn音で発音するのは意外に難しいのではなかろうか。

■ 本書で橋本先生は、奈良朝までの第一期、平安朝から室町までの第二期、江戸時代以降の第三期にわけ、音韻の変化を研究している。第一期では国語の音を漢字に写して表記している場合があって、橋本先生は、例えば

「妹(いも)」

という語を挙げ、これが

「伊毛」、「伊母」、「以母」、「移母」、「異母」、「伊慕」…

などと種々の態様で表記されていることを指摘する。つまり、「い」音は「伊」、「以」、「移」等で表されるということだが、一方で現代では「い」と発音上区別のない「ゐ」については、「伊」、「以」、「移」は用いられず、「韋」、「偉」、「委」…などという漢字で表されるらしい。つまり「い」と「ゐ」との発音は明確に区別されていた、というわけだ。

■ そうして調べていくと、奈良朝時代には日本人は88音ほどを区別していたらしい。これが平安朝を経て濁音を除けば47→44と音はどんどん減少していったという話で、音韻は統一と単純化とを繰り返して現代に至っているらしい。
 基本的に時間に沿って単調減少らしいので、橋本先生も最後には、過去へ向かって外挿して、古い時代には音の種類などももっと多かったのでは、と述べておられる。

■ この説を逆に外挿すると、日本語の音韻は減少の一途なんだろうか。
 日本人は英語や中国語などの発音は概して苦手な気がするが、もしかして過去の人は数多くの音について発音も聞き取りもできて、外国語の発音習得も容易だったんじゃなかろうか。そう思うと、なんだかちょっと悔しい気もする。

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