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2009年2月17日 (火)

乱読日記[118]

サイモン・シン,「宇宙創生(下)」

宇宙創成〈下〉 (新潮文庫)
サイモン シン
新潮社
売り上げランキング: 135

この15日にバチカンで、ガリレオを讃えるミサが行われたそうだ。

▽ ガリレオというと、有名な宗教裁判の被害者という印象があって、この転向はどういうことかいな、と思ってしまうのだが、一つの説明が本書に書かれている。

■ いわく、

カトリック教会は、宇宙は聖書の記述と一字一句たがわぬ存在であるとする立場は事実上捨てた。
…(中略)…
しかし今日のカトリック教会は…(中略)…自然界を説明する仕事は科学に任せている。結果として、この先どんな科学上の発見がなされようとも、神の立場が悪くなることはないと安堵していられるようになったのだ。

(「宇宙創生(下)」pp.313-314 より抜粋)

■ 天体から地球へ到達する光を分光してえられる吸収線スペクトル。その吸収線スペクトルが一部の例外を除いて赤方偏移していること、そしてその赤方偏移の状況から宇宙が膨張しているのではないか、それはビッグバンの証拠なのではないか…というところで上巻が終わり、本書はその続きである。
 下巻では話は一転して量子力学、というか核物理の話に入る。
 相対性理論で時空が歪んだり、人(というか、互いに異なる速度で移動する慣性系)ごとに時間進行が違って観測されたり、という日常感覚からかけ離れた現象が生じるとすると、量子力学では壁をすり抜けたり(トンネル効果)、粒子は波としての性質も併せ持つだとか、もはや想像すら不可能かと思えるような世界が展開する。
 従って、そのような量子力学的描像をいかにして著者が上手く躱せるのかというのが気になったのであるが、本書ではうまく原子核物理の要素を抽出し、量子力学の面倒なところを透過して、「宇宙における元素の存在比と、ビッグバンモデルとの関係」を説明している。巧みなものである。

■ ビッグバン後の三分間を描いた本としては、本書のほかに、ノーベル物理学賞受賞者であるS.ワインバーグが書いた、「宇宙創生はじめの三分間」という本がある。各所で評判の高い好著であるが、それはさすがに本職の物理学者が書いたから評価も高いのだろう、と思っていた。しかしながら本書の著者、シン氏は、本職の物理学者ではないのに、よくもここまでまとめたものだ。
□ ワインバーグの本

宇宙創成はじめの3分間 (ちくま学芸文庫 ワ 10-2 Math&Science)
S.ワインバーグ
筑摩書房
売り上げランキング: 21044
おすすめ度の平均: 4.0
4 「ビッグバン宇宙論」に関する古典的名著。物理屋特有の数式・数量感覚も学べる。

■ また下巻では、ビッグバンに対抗する重要な説も紹介される。この説がまた強力なものなので、ビッグバンモデルとの間の争いはどんどん熾烈になっていく。
まるでアクション映画でも観るかのような激しいつばぜり合いが続くなか、また皮肉なことに、対抗説の中心人物がビッグバンモデルの優位性確立をアシストする(と、いうか、そもそも「ビッグバン」という言葉自体、当該中心人物の創作語だったとは初めて知った)エピソードも折り込まれ、小説よりも奇なる現実世界の妙がめくるめく展開する。
 全体として本書は(翻訳者は「王道」だというが)、大変ユニークで、宇宙論に興味のあるすべての人に面白く読める本に仕上がっている。

■ ただ、インフレーション理論について我が国の佐藤勝彦氏の名前が出てこないのは、翻訳者同様、私も残念である。佐藤教授は、「インフレーション」という言葉こそ使われなかったものの、インフレーションの段階があったとの理論を誰よりも早い時期に提唱していたのである(Katsuhiko Sato, "First-order phase transition of a vacuum and the expansion of the Universe", Mon. Not. R. astr. Soc.(1981) 195, 467-479)。
 ガモフほどのおふざけは問題があるとしても、何らか上手い名称を考えた方が名声を獲得しやすいのだろうか。そうだとすれば学問の世界も、われわれ知財的な世界と大して変わらないような気もする。
 そういえば本書にも登場する、Alpha, Bethe, and Gamow 論文(Alpher, R. A., H. Bethe and G. Gamow. “The Origin of Chemical Elements,” Phys. Rev., 73, Issue 7, (1948), 803-804.)は、その昔大学でコピーした記憶があるんだが、あれはどこへやったやら。

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