乱読日記[106]
小柳公代,「パスカルの隠し絵」
中央公論新社
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日本人って、こういうのが好きなんだと思う。
いや、「人間って」と言った方がいいのかな。ランダムなパターンの中に規則性を見いだしてしまうのが、人間の性だから、仕方ないんだろうが、百人一首は何かの暗号だ、とか、誰それの絵の中には隠されたメッセージがあるんだ、とか。
▽ まぁ本書の場合、「隠し絵」といっても、隠し絵らしいことはないんだが、パスカル論文にまつわる謎についての話である。
※事情により、公開が遅れました。すみません。
■ パスカルというと、私にとってはプログラミング言語の名称である。
それの元になった、というといささか失礼ではあると思うが、本書が対象とするパスカルは、17世紀フランスの科学者・思想家の Blaise Pacal のことである。
17歳のときに、機械式計算機を考案し、円錐曲線についての研究を残し、「パンセ」としてまとめられた著作にある、
「人間は考える葦である」
という言葉で知られる。
■ また、パスカルは流体に関する思索でも知られているわけだが、その一つが、ピュイ・ド・ドームでの実験、というものらしい。ピュイ・ド・ドームは、標高1465メートルの山で、ここへ空気を半分ほど吹き込んだ balloon(s) を持って行く。そうすると、balloon(s) が膨らんでくる。というものらしい。
標高による気圧の変化を知る実験例、ということらしいのだが、著者は、実際に、風船に半分ほどの息を吹き込んでからこの山を登り、
「風船が膨らまない」
ことを確認したのだそうである。
高度1500メートル程度では、海抜地点における気圧との比が0.8くらいになるらしいが、気温が変わらないとして、理想気体だと仮定したところで、
PV=nRT
という例の式を使ってみても、
0.8PV2=PV1
で、体積は5/4倍ほどになる。
山麓と山頂とでは、一般的に山頂付近の温度が低いとはいえ、体積の半分ほどしか吹き込まれていない空気の体積が2倍になって、風船がパンパンに膨らむとは考えにくく、そもそも割り引いて考えるしかないのでは、とも思うのであるが、方向としては正しくとも結末がかかれている内容とずいぶん違う、というわけで、著者氏は
「パスカルは実際には実験なんかしていないのでは」
と疑い始めるわけである。
■ 同じような疑いは、真空に関する大実験というものについても及ぶ。
パスカルは、トリチェリの真空に関する実験というのの追試をするわけであるが、水銀ではなく水を使う実験まで行ったという。水の場合、大気圧に釣り合うだけの重さになるためには、約10メートルほどの水柱が必要らしい。
当時パスカルの住んでいた地方は、ガラス加工技術が非常に洗練されていたので、10メートルを超える長さのガラス管を製造できた、ということになっているそうなのであるが、
「やってないに違いない」
という目で見ると、パスカルの「論文」には、いろいろと、
「やってない実験を捏造するな」
という誹りを受けないよう、レトリックが駆使されていることがわかるのだそう。
■ 本書は、そのようなレトリックの一部分をかいつまんで説明しているだけなので、深く知りたい場合は、もう少し自分で資料にあたるとか、つっこんでみないとおもしろくないかもしれない。本書は、そのような「学問」への入門書、ということだろう。
まぁまぁおもしろいんだけど、もう少し突っ込んでくれたなら、もっと興味を惹かれたかもなぁ、というところはちょと残念。
あぁ、なお、Amazon の評価にあるほど、「悪文」ではないと思います。私としては。
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