漢字と読みとローマ字と
事務所のある町田駅を出て、ペデストリアンデッキを下りて原町田5丁目の交差点方面へ少し歩き、そこからおもむろに長崎屋の方面へ曲がってふと右手を見ると、そこに比較的著名な九州ラーメンの「一蘭」がある。この一蘭は、「味集中カウンター」なるカウンターでラーメンを食べさせる店なんである。このカウンター、要するに隣の客の席との間に仕切りがあって、隣の人を気にせずに食べられる、という話なのである。
いっぺん、町田店も試してみようと思うのだが、いつも人がいっぱいで入ることができない…。
▽ で、この一蘭、以前、似たようなカウンターを使ったラーメン店に対し、不正競争防止法を根拠に訴訟を起こしたかなにかしたような記憶がある。結果、当該「真似しい」だった方のラーメン店は味集中カウンターのための仕切りを撤廃したそうである。
■ まぁ、この「一蘭」に限らず、不正競争の事案は後を絶たないわけであるが、このたび、東急電鉄を中心とする東急グループが、TOKYU なる営業表示は、「東急」の周知ないし著名な、「商品等表示」に該当し、それを他人が営業表示として使用することは、不正競争防止法2条1項1号ないし2号所定の不正競争行為に該当するという訴えを起こし、そして、敗訴した(平成19年(ワ)35028号)。
■ 東急というのは、地方の方にどれだけ知名度があるのか知らないが、「東京急行電鉄」の略称で、都内では、渋谷から三軒茶屋、二子玉川といった「オシャレなゾーン」を抜けて、神奈川のたまプラーザや江田、市ケ尾、長津田を通り、中央林間へ行き着く路線(田園都市線)、また同じく渋谷から祐天寺、自由が丘、田園調布、武蔵小杉と通って、横浜そして、みなとみらいから中華街の方へ延びる路線(東横線)などを有している。
さらにそのほか、二子玉川から大井町へ抜ける大井町線、目黒線、池上線、そしてあまり知られていないながら、風情のある世田谷線(三軒茶屋から若林のあたりを抜けて下高井戸まで通っている)など、数多くの路線を有した著名な鉄道会社である。
また、東急百貨店や、東急ハンズなどという店舗、あとは全国的には東急インのような宿泊施設の事業も行っている。もしかすると、地方の方は、こちらの方でご存知の方もあるかも知れない。
■ また、「東急」で「不正競争」というと、以前、「高知東急」というタレント名称を巡る事件があったことを思い出す。この事件では「高知東急(読み方は、タカチ ノボルと読むという)」というタレントが東急側から訴えられ、結局タレント側が敗訴して、「高知東生」と改称(読み方は変わらないという)したものである。
なお、この高知東生氏、例えばテレビ朝日系列の「交渉人」というドラマにレギュラー出演しているようであるが、残念ながら、あまりテレビドラマを見ない私としては、お顔とお名前が一致しない。
で、その高知東急の事件(平成9年(ワ)3024号)では、法律上の興味としては、不正競争防止法2条1項1号の「混同」の趣旨(商品主体または営業主体が同一であると誤認させることのみをいうか、あるいは、経済的若しくは組織的な何らかの密接なつながりがあるのではないかと誤信させるものも含むか)等が争点であったわけだが、なんせこの「高知東急」の事案で俎上にあるのは
「東急」
という漢字書きなのであって、かつ、高知は四国の有名な地名(県名)なのだから、なんだか高知出身のタレントを東急が売り出したとか、そんな誤認が生じても確かにおかしくはないだろうという事案だったのである。
また、このケースでは被告側の反論もかなり厳しくなっていたりする。例えば「高知東急」は「たかちのぼる」と読み、「東急」の文字からは「のぼる」の読みが生じているので、混同がないというような主張をしている。この点については、裁判所も、
「東急」という文字からは、通常「とうきゅう」の称呼が生じ、それ以外の称呼を想起することができず、人名といえども、本来漢字のいかなる音訓の組み合わせによっても「のぼる」又はそれに類似する音によって読むことはできず、単に被告が独自の読みをあてているにすぎないものであり、また常にふりがなをつけて表記されるわけでないことからすれば、これをもって非類似ということはできない。
と述べている。まぁ、妥当な線であろう
■ 一方、今回の事件で俎上に乗っている「商品等表示」は、TOKYU なのである。
そして東急側、
「とうきゅう」という称呼を通じて営業表示として観念される語は,「東急」だけである。その他の語は,「非営業的な語」であって営業表示として観念されるものではない。 したがって,「TOKYU」又は「tokyu」の営業表示と「東急 」の営業表示とは,称呼を通じて観念的に類似している。
と主張している。いや、それはどうかナァ。
というのは、被告側企業は「藤久建設株式会社」というところで、これを普通にローマ字で「TOKYU」として表示していただけなのだ。
■ 裁判所の判断では、まず、「東急」の表示自体は、原告の「著名な商品等表示」に該当するという。
そして、被告側がウェブサイトなどで、TOKYU と表示していたことは、被告側の営業表示としての使用に該当するとも認める。そのうえで、TOKYU と 「東急」とが似ているかを判断する。
裁判所は、最高裁判所昭和58年10月7日第二小法廷判決・民集37巻8号1082頁を引いて、
ある営業表示が不正競争防止法2条1項2号にいう他人の営業表示と類似のものに当たるか否かについては,取引の実情のもとにおいて,取引者又は需要者が両表示の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当
であるとしたうえで、この規範へ本件の事実を当てはめて行く。
例えば、TOKYU の称呼である「とうきゅう」に基づいて想起される営業主体は「東急」だけにとどまらないで、例えば大分県の東丸興産、岩手県の株式会社とうきゅう商事、岡山県の株式会社東久ストアなどがあることを示し、全国の各地域ごとの取引実情に応じて、「とうきゅう」という称呼から想起される営業主体に、
原告及び東急グループ以外のものも含まれることは明らか
と判断して、
「とうきゅう」という称呼を通じて観念される営業表示が「東急」だけであるとの原告の主張は採用することができない。
と断じている。まぁ結局、 TOKYU と、「東急」とでは営業表示として類似せず、TOKYU という文字列からは東急ばかりが営業主体として認識されるわけでもないし、混同なんてしないじゃない、という結果になったというわけである。
■ 大層もっともな判決だなぁと思うわけだが、東急側としては商標管理というか、一応、こういうケアも必要と判断したということだろう。ただ、思惑と少々違ったかして、「東急」ならば不正競争が認められる可能性もなくはなかったが、さすがに TOKYU では無理があったということだろう。
ちなみに東急電鉄。TOKYU の標準文字商標で登録があるようで(登録4817696号等)、被告側が商標的に使用していたら、こっちが使えたのだろうけれども…
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