分かれない話(後編)
改善多項制という妙な名称の制度が始まったのは、古い記憶を遡ると、平成2年ごろだったような記憶がある。発明協会あたりのブックレットに改善多項制を有効に使うための説明があって、
「参考になるから」
と読まされたが、当時はあまり理解できたようなできなかったような。とにかくあまり印象がない。
▽ 今回は、前回分の続きになる…
■ 平成 19年 (行ヒ) 318号 特許取消決定取消請求事件
長々と引っ張ってきたが、結局、この事件について書きたかったのである。
本件の事案は、「発光ダイオードモジュールおよび発光ダイオード光源」という発明で、米国企業の外内出願である。登録は平成15年6月で、特許番号は第3441182号。
権利化時のクレイムは、次の通り。
【請求項1】 それぞれが少なくとも2つの接続リードを有する複数の発光ダイオードランプ、アノードバスバー、カソードバスバー、および前記の発光ダイオードランプを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーの間に機械的噛み合わせ接続によって機械的電気的に接続する手段を有する光源を提供するための発光ダイオードモジュール。
【請求項2】 ほぼ平面状のアノードバスバー、前記のアノードバスバーに平行に隣接して配置されたほぼ平面状のカソードバスバー、複数の発光ダイオード、および前記の発光ダイオードを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに機械的電気的に接続する接続手段であって、それぞれが前記のバスバーの平面から変形して対応するリードと噛み合わせ嵌めによって係合する前記のバスバーの部分からなる接続手段からなる照明を提供するための発光ダイオードモジュール。
【請求項3】(A)アノードバスバー、前記のアノードバスバーと平行なカソードバスバー、および前記のバスバーの間に接続され、それぞれが前記のアノードバスバーと一体のアノードリード、前記のアノードバスバーと一体のカソードリード、および前記のアノードリードと前記のカソードリードの間に電気的に接続された発光ダイオードからなる複数の発光ダイオードランプ、からなる第1のモジュール、(B)アノードバスバー、前記のアノードバスバーと平行なカソードバスバー、および前記のバスバーの間に接続され、それぞれが前記のアノードバスバーと一体のアノードリード、前記のアノードバスバーと一体のカソードリード、および前記のアノードリードと前記のカソードリードの間に電気的に接続された発光ダイオードからなる複数の発光ダイオードランプ、からなる第2のモジュール、および(C)前記の第1および第2のモジュールを電気的に直列に接続する手段、からなる発光ダイオード光源。
【請求項4】 アノードバスバー、カソードバスバー、前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーの間に配設され、それぞれがアノードリードとカソードリードを有する複数の発光ダイオードランプであって、前記の発光ダイオードリードと前記のバスバーはほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成された発光ダイオードランプ、前記の発光ダイオードランプを前記のアノードリードと前記のカソードリードに電気的機械的に接続するための無半田接続手段、およびこれらから成る発光ダイオードモジュールを同様に構成された発光ダイオードモジュールに電気的に直列に相互接続するための手段、からなる発光ダイオードモジュール。
これに対し、当時まだ有効な制度であった、特許異議申立がなされた。異議申立はもうない制度だが、要するに、特許権に対する民間の見直し機会の付与、という話で、権利になったものを公示して、その公示期間内に一定の異議事由があれば申し立てるというものだ。無効審判と違って、申立人は特許庁に審査見直しのネタを提供するということになり、特許庁側では異議理由があると判断すれば、登録の取り消しをする。
その後、仮に裁判になると、査定系のそれと似て、特許庁 v. 権利者という構図で争われる。
■ 異議申立に対する権利者側の防御は、むろん、答弁だけという場合もあるが、手続中に訂正請求が可能となっていた。
本件の権利者も、手続中に訂正の請求をした。その訂正請求にかかる特許請求の範囲は、次の通りだ。
【請求項1】それぞれが少なくとも2つの接続リードを有する複数の発光ダイオードランプ,アノードバスバー,カソードバスバー,および前記の発光ダイオードランプを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーの間に機械的噛み合わせ接続によって機械的電気的に接続する手段とを有し,前記のバスバーが電気的接続を形成するとともに前記発光ダイオードランプのための機械的支持体を形成することを特徴とする光源を提供するための発光ダイオードモジュール。
【請求項2】ほぼ平面状のアノードバスバー,前記のアノードバスバーに平行に隣接して配置されたほぼ平面状のカソードバスバー,複数の発光ダイオード,および前記の発光ダイオードを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに機械的電気的に接続する接続手段であって,それぞれが前記のバスバーの平面から変形して対応するリードと機械的噛み合わせ接続によって係合する前記のバスバーの部分からなる接続手段からなり,前記のバスバーが電気的接続を形成するとともに前記発光ダイオードランプのための機械的支持体を形成することを特徴とする照明を提供するための発光ダイオードモジュール。
【請求項3】(A)アノードバスバー,前記のアノードバスバーと平行なカソードバスバー,および前記のバスバーの間に接続され,それぞれが前記のアノードバスバーと一体のアノードリード,前記のカソードバスバーと一体のカソードリード,および前記のアノードリードと前記のカソードリードの間に電気的に接続された発光ダイオードからなる複数の発光ダイオードランプ,からなる第1のモジュール,
(B)アノードバスバー,前記のアノードバスバーと平行なカソードバスバー,および前記のバスバーの間に接続され,それぞれが前記のアノードバスバーと一体のアノードリード,前記のカソードバスバーと一体のカソードリード,および前記のアノードリードと前記のカソードリードの間に電気的に接続された発光ダイオードからなる複数の発光ダイオードランプ,からなる第2のモジュール,
および(C)前記の第1および第2のモジュールを電気的に直列に接続する手段,からなる発光ダイオード光源。
【請求項4】アノードバスバー,カソードバスバー,前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーの間に配設され,それぞれがアノードリードとカソードリードを有する複数の発光ダイオードランプであって,前記のアノードリードと前記のカソードリードと前記のバスバーはほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成された発光ダイオードランプ,前記の発光ダイオードランプを前記のアノードリードと前記のカソードリードに電気的機械的に接続するための無半田接続手段,およびこれらから成る発光ダイオードモジュールを同様に構成された発光ダイオードモジュールに電気的に直列に相互接続するための手段,からなる発光ダイオードモジュール。
裁判では、請求項1から4に対する各訂正を、それぞれ訂正事項a,b,c,dと呼んでいるので、ここでも倣うことにする。さて、特許庁では、訂正事項bに係る訂正要件を判断し、これは不適法な訂正であると判断して、訂正を認めなかった。この場合、前回書いた訂正審判の例と同じく、訂正は一体のものなので、一部でも要件を満足しなければ、一部認容ということはしない、という実務に従い、特許庁は訂正全体を認めなかったのである。
■ 最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決
と、この訂正の一部認容が認められないという判断には、一応の裏付けがあって、表題の最高裁判決において、
「訂正明細書等の記載がたまたま原明細書等の記載を複数箇所にわたつて訂正するものであるとしても,これを一体不可分の一個の訂正事項として訂正審判の請求をしているものと解すべく,これを形式的にみて請求人において右複数箇所の訂正を各訂正箇所ごとの独立した複数の訂正事項として訂正審判の請求をしているものであると解するのは相当でない」
との判示があったものである。しかし、このケースは昭和40年代の話。つまり、改善多項制以前、単項制の時代の話なのである。
※なお、実をいえば、先の昭和55年判決の原審(東京高裁昭和48年(行ケ)第147号・昭和52年10月19日判決)は、
各事項が一体不可分の関係にある場合を除き、単に訂正を求める一部の事項が不適法であるというだけで、審判請求全体を排斥すべき法律上の根拠はない
と一部認容を容認する判断をしていた。
■ さて本件の原審である知財高裁では、しかし、単項制の時代の話であろうとも、
「この理は,原告のいう改善多項制の下でも同様に妥当するというべきである。 」
としている。
■ 最高裁判決
そして本件最高裁判決である。本件を最高裁まで争ったのは、さすがに外国企業だなぁとは思うけれども、いずれにしても、知財事件を最高裁が採り上げたというのは、それだけでもニュースマターではあった。
さて、当審である。まず、
特許法旧120条の4第2項の規定に基づく訂正の請求(以下「訂正請求」という。)は,特許異議申立事件における付随的手続であり,独立した審判手続である訂正審判の請求とは,特許法上の位置付けを異にするものである。訂正請求の中でも,本件訂正のように特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とするものについては,いわゆる独立特許要件が要求されない(特許法旧120条の4第3項,旧126条4項)など,訂正審判手続とは異なる取扱いが予定されており,訂正審判請求のように新規出願に準ずる実質を有するということはできない。
という。もっとも、これについては、ちょっと疑問もあって、そもそも独立特許要件を判断しないのは、異議申立の手続において別途独立特許要件を検討するために、重複した手続を省略しようとしたもので、特段取り扱いを異ならせる予定のものではなかったと私は理解している。しかし、次のくだりは、個人的にはまったく同意できる。
そして,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求は,請求項ごとに申立てをすることができる特許異議に対する防御手段としての実質を有するものであるから,このような訂正請求をする特許権者は,各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相当であり,また,このような各請求項ごとの個別の訂正が認められないと,特許異議事件における攻撃防御の均衡を著しく欠く
で、さっきの昭和55年の最高裁判決については、
前掲最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決は,いわゆる一部訂正を原則として否定したものであるが,複数の請求項を観念することができない実用新案登録請求の範囲中に複数の訂正事項が含まれていた訂正審判の請求に関する判断であり,その趣旨は,特許請求の範囲の特定の請求項につき複数の訂正事項を含む訂正請求がされている場合には妥当するものと解されるが,本件のように,複数の請求項のそれぞれにつき訂正事項が存在する訂正請求において,請求項ごとに訂正の許否を個別に判断すべきかどうかという場面にまでその趣旨が及ぶものではない。
というのである。
■ ちょっと待った。
と思うのは私だけなんだろうか。この判示事項がいかなる拘束力を有するかは不明としておきたい。というのも、最高裁判決は、あくまでも異議申立事件における訂正請求の特殊性をいうからである。しかし最高裁は上記の部分で、昭和55年の判決については、単項制において一つのクレイム中の訂正についての問題だともしているのである。そうとすると多項制の時代にあって、各請求項にそれぞれ訂正を行った場合に、この昭和55年判決は妥当しないこととなる。
確かにクレイムが異なる以上、それぞれは独立した特許権として見なされる余地がある以上、各クレイムについて行われた訂正は、クレイムごとに可否を判断することとしても、おかしくはないのではないか。
さぁ、今後、本件がきっかけとなって、改善多項制の時代に合った本当の意味での審査・審判の実務体系が実現されるという話になるものかどうか。そもそも審査過程で一体のものであったものが、権利化後にいきなり別の権利ですというのもおかしな話だという意見もないではなく、そういう意味では法が一貫していなかっただけと見ることもできなくはないと思うのであるが、いずれにしろ、議論が沸いてきそうな、そんな話だと思ったのである。
ところが。
判決後2月が経過して、あまり意見を聞かないので、すこし気になっているのではあるが(私が知らないだけ?)。
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コメント
>ところが。
> 判決後2月が経過して、あまり意見を聞かないので、すこし気になっているのではあるが(私が知らないだけ?)。
訂正審判の実務以外には、影響の無い判決だからでは無いでしょうか?
実際、知り合いでも注目してる人は居ませんし、今回、改めて読んでみても、それほど注目すべきケースという気はしないのですが。
何と言うか、前段の問題意識と中段の判決論旨までは話の趣旨がよく分かるのですが、後段の結論で話が飛躍してる気がします。
この判決の射程が訂正審判の実務以外の他の審判実務に及ぶとは思われませんし、それこそ49条がある限り、審査実務にはまるで関係のない話と思うのですが・・・。
具体的に、訂正審判以外にどういう影響が有り得るとお考えになられているのでしょうか?
投稿: とおる | 2008年10月 1日 (水) 06時08分
とおる様
いつもコメントをありがとうございます。
個人的には議論を期待しているのです。
本質的には拒絶の査定も(理由も)請求項ごとに判断がされるのが理想だと思うので、こういう稀な判決を機に、請求項ごとに特許権があるとみなされる規定と、請求項とは関係なく手続で一体として処理される規程との整合性について全体的に見直す議論が生じても悪くないのではないかと思うのです。
論理的に飛躍している、というのはもちろんその通りで、そもそもこの判決の射程から外れていることは重々承知なのですが、まったく個人的な期待を述べずにはいられなかったものです。
投稿: ntakei | 2008年10月 2日 (木) 01時53分
丁寧な回答有り難うございます。趣旨が理解できました。
現状でも、
>拒絶の査定も(理由も)請求項ごとに判断がされる
という対応は既にあるようにも思われるのですが、そういうケースはあまりご覧になってないでしょうか?(技術分野によって異なる?)
審査基準にも、一応、そういう運用は出ていたように記憶しています。
本題の方は、重々ご承知の上での話とは思いますが、この判決の論旨から、全体的見直しの議論の発展を期待するのは、かなり難しいんじゃないかと思います。
裁判所がそういう方向性の付言をしているのであればともかく、権利化前の手続段階の話と、権利化後の話では、扱いを同じにする方が不合理に思われます。
お話の前段における審査請求料の話につなげるにしても、審査請求料の設定がサービスの対価または実費負担と言う概念に基づかないので、「料金を支払っているのだから」という論理で改善を求めるも通用し難いと思われます。逆に、そこを突き詰めて、「それでは、技術難易度や審査負担に応じて実費+αの費用を請求します。」などとなると、かえって出願人の負担が増えかねませんし。
投稿: とおる | 2008年10月 2日 (木) 05時57分
とおる様
>拒絶の査定も(理由も)請求項ごとに判断がされる
という対応は既にあるようにも思われる…
確かに仰る通り、運用上は行われているところもありますが、例えば査定でいえば、拒絶のある請求項だけ査定して、残りは特許査定する、ということはされないわけでして、例えばそういう制度的な問題の議論とかがもっとあってもよいのでは、と、そんな風に思うわけです。
審査請求料については、請求項数に依存させている点で、出願人の納得性が得られていないケースがあるように見受けられ、そのへんが問題かなぁと思ったりもするわけです。だからといって解決案までは考えていないのですが…。
投稿: ntakei | 2008年10月 3日 (金) 08時33分