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2008年9月 2日 (火)

革新特許 のはなし

Australia_l_150 酒の好きな人のことを「ザル」というが、ザルがさらに酒飲みになると「ワク」になるそうである…。というのは冗談としても、何かとそのまま抜けてしまうものを「ザル」というわけだ。

▽ オーストラリアのある代理人さんのところにおられる方から(間接的に)伺ったのだが、オーストラリアの進歩性の判断ってどうなのか、というと、

「ザルです」

という話だった(そうだ)。
 ザルなのはザルで別段結構だが、そのザルに引っ掛かるケースがあるのかどうか。

※オーストラリア国旗は、フリー素材サイトさんから、使用条件を確認のうえ、取得して利用させて頂きました。

■ 先日、オーストラリアの、とある代理人さんから、メールが届いた。いわく、「innovation patent」の登録要件について判決があった、という話である。

innovation patent ??

■ Innovation Patent
 innovation patent(イノベーション特許)は、オーストラリア独自の制度で、我が国の実用新案にちょっと手を加えたようなものである。
 IP Australia のサイトに記載された比較図によると、出願の要件に関して言えば、イノベーション特許出願のクレイム数は5つまでという制限がつく。また、権利期間は最長8年である。
 イノベーション特許は、形式的事項の審査の後に受け入れられ、1月ほどで特許されるようだ。審査に関しては、権利化の後(ただし請求があった場合)である。権利行使にも一定の制限(証明書が必要など)があり、こういったところは日本の実用新案にちょっと似ている。
 変っているのが登録要件で、通常特許の場合、「新規、かつ有用性があり、進歩性(inventive step)があること」という話でこれは同じなのだが、仮に、某氏によって「ザル」と評された inventive step が認められなかったとしても、「新規、かつ有用で、イノベーティブ・ステップ(innovative step)があれば」、「イノベーション特許」は認められる、とのことなのである。

 …innovative step ??

■ Innovative step
 イノベーティブ・ステップ(まさに「進歩性」って感じなんだが…)は、IP Australia のサイトで、次のように端的に説明されている。

Innovation patents are intended to provide intellectual property rights for those incremental and lower level inventions that would not be sufficiently inventive to qualify for a standard patent. This is due to the inventive threshold being lowered compared to a standard patent, that is, the innovation patent requires an innovative step rather than an inventive step.

 いや、その趣旨はいいが…。
 実際には、特許法第7条(4)において innovative step は次のように規定されている。

□オーストラリア特許法 第7条(4)
(4) For the purposes of this Act, an invention is to be taken to involve an innovative step when compared with the prior art base unless the invention would, to a person skilled in the relevant art, in the light of the common general knowledge as it existed in the patent area before the priority date of the relevant claim, only vary from the kinds of information set out in subsection (5) in ways that make no substantial contribution to the working of the invention.

訳:
(4)本法の適用上、発明が、関連するクレームの優先日前に特許地域に存在した共通の一般的知識に照らし、関連技術に熟練した者にとって、発明の実施に実質的貢献をしない形で(5)に定めた種類の情報と異なっているに過ぎない場合を除き、その発明は、先行技術基準に対して革新性を有しているものとみなす。(特許庁ウェブサイトの翻訳文より)

 ここで(5)に定めた種類の情報、というのは要するに先行文献や、公知・公用例のようなものを指す。当業者にとって、公知例等に対して、発明として実質的貢献のない形での差異しかない場合を除いて innovative step を有する、という話らしいが、ここで「発明として実質的に貢献のない形(in ways that make no substantial contribution to the working of the invention)」とはなんだろうか。

■ 判決
 件のメールで代理人が紹介してきたのは、Delnorth Pty Ltd v Dura-Post (Aust) Pty Ltd [2008] FCA 1225 (13 August 2008) という事件で、「発明として実質的に貢献のない形(in ways that make no substantial contribution to the working of the invention)」とはどんなことか、について判示しているという。
 この判決の53段落には、

The phrase "no substantial contribution to the working of the invention" involves quite a different kind of judgment from that involved in determining whether there is an inventive step. Obviousness does not come into the issue.

とあって、自明性とは違う、とある。
 さらに61段落では、

In my view the provenance of the phrase "make no substantial contribution to the working of the invention" indicates that "substantial" in this context means "real" or "of substance" as contrasted with distinctions without a real difference. That confirms my impression from construction of the words of the section itself.

と述べていて、要するに実質的、というのは「真の」とか、「本質的」というような意味だというわけだけど、これによって、条文の抽象的な内容がどう解釈されるのか、というのは判決全体に当たらないとワケがわからないワケで、ざーっと読んだところ、現実的には新規性に「ケが生えた程度の」審査基準による、というような話みたいだ。
 判決の印象としては、裁判官も「通常発明」よりも低い程度の発明というものを規定するのに苦労しているようで、立法者の意思を参照してみたりと、いろいろ忙しい(もっともこれがオーストラリアでは普通の判決の書き方である可能性は否定できないのだが)。

■ もう少し時間があれば、発明の内容から検討したら面白いのかも、というのは、どうやら本件の場合、技術的には対象物の材質の相違が問題の一つになっているみたいで、そういう意味では、もしかしたら米国の大昔のホチキス判決(Obviousness の元となった判決)に相同的なところがあるのではないかと思うからである(確信はないが)。
 まぁ、その比較にどういう意味がある、と問い詰められると難しいんだが、小発明保護の基準の一例として、または、inventive step より低いバーがある程度定まることで、inventive step のバーの低い側の限界が規定できるかも、というような研究にはなるかもだ。inventive step のバーに高低があって、それがこの innovation step と同じ土俵で論じられるとしての話だけど。

■ しかし、上でも引用させていただいた特許庁のオーストラリア特許法の訳だけど、innovation patent を、「革新特許」と訳していて面白い。どうなんだろう。「通常特許」より進歩的な感じがするんだけど。実際は逆なのに

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コメント

innovation patent については、うちの代理人からもレターがきました。よく読まなかったけど、同じく事件の紹介だったのかなあ。オーストラリアは意匠法も変わっていて、無審査登録なのに審査請求制度があったり、審査請求をして実体審査したのに権利行使には評価書みたいなのが必要だったりでよく分かりません(他国も同じようなところがあるのかな?)。まあ、侵害を行うほどマメな?国民ではなさそうなので、今のところ問題ないのですが。。。

投稿: てるける | 2008年9月 3日 (水) 17時29分

てるける様
いつもコメントを有難うございます。

AUは日本からの出願件数も微増中じゃないかと思うのですが、まだまだ日本の代理人の間でその制度の全容を把握している人が少ないのが現状だと思います。AU意匠の経験は私はないのですが、確かにその制度は変っていますねぇ。
審査の内容と評価書の記載の内容とが違っていたりするものなんでしょうか…。

投稿: ntakei | 2008年9月 4日 (木) 09時45分

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