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2008年9月10日 (水)

方法消尽 ばなし in U.S.

ったくもう、人が書くものを決めているときに限って、変なニュースが目につくんだもんな---なんだか特許庁のサイトで、「特許戦略ポータルサイト」の試行開始という話なんである。

▽ どうやら企業ごとに出願関係の統計情報を提供するという話らしいのだが、統計の内容は微にいり細に入っていて、使いようによっては意味のあるデータが取り出せるかも知れない。識別番号とログインパスワード(申し込みにより発行されるらしい)とで出願人の認証が行われるらしいが、セキュリティの面などから問題が発生する可能性はないものかいな。
 ま、今回はそれはそれとして…。

■ その対象となる特許権は3つあるのだが、その一つは、バスの使用権に関するものらしい。バスといっても道路を走っているアレではない。コンピュータ内部で情報の送受を行っているアレである。その特許権は、順繰りに優先権を設定する方法に係るらしい。
 この特許権のライセンスを受けていたインテルは、当該特許方法を利用した装置を製造・販売していた。ところが当該ライセンスの内容というのは、インテル製品にのみ利用する(他社品と組み合わせるな)との条件だったのだ。
 そこで、インテルが製造販売した当該特許権に係るチップを、被告がインテル製品以外に組み込んで販売したので、

訴訟開始、

という次第。
 特許権者である原告はLG。被告はQuantaというコンピュータ関係メーカーで、争点は「方法特許の消尽の是非」であり、最高裁まで争ったものである。

■ 特許権を使った装置を正当な権原もなく売れば、それは特許権の侵害という話になる。これは原則である。ここで「権原」というのは、例えば売ることのできる権利のことで、通常実施権だの、専用実施権だのといった実施権契約で、「売ってもよい」と、権利者から予めライセンスを受けておけば、問題はないわけである。
 しかしながら、この権原がなくとも、特許権に係る製品を売った場合に権利侵害を問われない場合がある。例えば正当な権原を有したメーカーが製造、卸した特許製品を、卸問屋が小売店に販売する場合。また、卸問屋から買い受けた特許製品を、小売店がエンドユーザに販売する場合。これらについて特許権者が「侵害だ」ということができるとすると、それは

やり過ぎ

なのである。もうちょっと言い方を考えれば、「仮に各段階で特許権行使を認めると、市場における商品の自由な流通が阻害され、特許製品の円滑な流通が妨げられて、却って特許権者自身の不利益となり、特許制度の趣旨に反する」というようなことである(平成7年(オ)第1988号を参照)。
 このための、法律の理屈付け(理論構成)として、主だったものの一つが、

  •  黙示実施許諾説(implied license) であり、
  •  消尽論(exhaustion) である。

■ 黙示実施許諾というのは読んで字のごとくで、正当に販売した以上は、買主に黙示の実施許諾を与えたものだとする話だ。
 他方、消尽論というのは、販売が正当に行われると、特許権は用い尽くされた(消尽した)と解釈するものだ。
 でもって、その消尽論においては、「製品が正当に販売等された」という話なので、必然的に「モノ(特許製品であるブツ)」の譲渡が前提になっている。そこで一つ問題になるのが、

「方法発明を用い尽くすとはどんなことなんだ?」

ということなのである。

■ 我が国においてこのような争点が直接争われた事案を私は知らないのであるが、考察した例としては吉藤幸朔,「特許法概説」がある。それによると、方法に消尽があり得るかという論題について、

一般的にはない(方法は消尽しない)ということができる

とする。
 しかし、吉藤氏は、

(1)特許権が方法だけでなく、その方法を使用する装置についても取得されていて、かつ、その方法はその装置によってのみ使用され、その装置はその方法にのみ使用される場合、
(2)特許権が方法だけでなく、その方法を使用する装置についても取得されていて、正当権原を有する者が当該装置を譲渡した場合
(3)正当権原を有する者が特許に係る方法を使用できる装置を譲渡等したが、その装置は他の方法の実施にも使用できる場合

の3つに場合を分けて、(1)、(2)の場合は消尽論を類推して、方法も消尽したというべきだとし、(3)については黙示ライセンスがあったかどうかの問題としている。
 結局のところ、方法と装置とが一体的と評価できるときに、当該装置の販売は方法特許の消尽を招くことになるわけだ。一体的でなければ黙示のライセンスの問題にあたるということになる。

■ と、前置きが「ちょー長くなって」恐縮であるが、件の米国最高裁の判決も、ざっくり読んだ限り、似たような理論が飛び交っているようだ。
 すなわち、一つは United States v. Univis Lens Co., 316 U.S. 241(1942) という消尽論を適用したケースに基づく主張。もう一つは、黙示のライセンスの主張である。
 米国最高裁は、今回の問題は黙示のライセンスの問題ではない、と切り捨てておいて、方法の消尽論について、こう述べている。

It is true that a patented method may not be sold in the same way as an article or device, but methods nonetheless may be “embodied” in a product, the sale of which exhausts patent rights. 
私訳:方法特許権が装置等と同様に販売されないというのは事実だが、しかし、方法は装置に「化体」することができ、当該装置の販売は、特許権を消尽させる。

 よく読んでいないところもあるのだが、吉藤氏の述べるように、装置にも特許権があるとかそういうことについて条件は問わないみたいだ。

■ また、本件がライセンスの実務について影響を与えるとすると、LGからインテルへのライセンスにおいて、

the License Agreement does not permit Intel to sell its products for use in combination with non-Intel products to practice the LGE Patents. But the License Agreement does not restrict Intel’s right to sell its products to purchasers who intend to combine them with non-Intel parts.

という話で、インテル製品にのみ使え、ほかの製品と組み合わせるな、という契約はインテルとの契約であって、インテル製品を購入した相手に対して、インテル以外の製品と組み合わせるなとは言っていない、などとしていて、流通先の相手に対する条件を課していないことが権利行使を阻む要因の一つとなったわけだ。
 仮に、流通先の相手にも他社製品との組み合わせをさせないというような契約であったとすれば、インテルの販売が「正当な販売」ではなくなるわけで、もとより消尽論は働かなくなるわけである。
 ただまぁ、販売に条件をつけるような契約が、公正な競争を維持するような(いかにもアメリカが好きそうな)方向に働くのならばいざ知らず、場合によっては不公正な競争だとかそういう方向に議論が展開すると、当該条件自体が争いの的になる可能性もあるだろうから、今後の(米国での)ライセンス契約のやり方については若干の検討要というところだろう。

■ なお、この判決、おそらくキチンと読むためには、先の United States v. Univis Lens Co. や、Aro Mfg. Co. v. Convertible Top Replacement Co., 365 U.S. 336, 344-345(1961)、などと併せた検討が必要だろうと思う。こういう米国の古い判例っていうのは、取得するのが困難だったりするんだよねぇ。むろん、現地に頼めば何とかしてくれるだろうけど、無料ってわけにはいかないような気がするしなぁ。

 ちなみに、今回の記事は、やっぱり以前に書いたものが見つからなかったので(消しちゃったのかな…)、改めて判決文を読み直し、書き直しいたしました。そのために、ちょっと斜め読みモードであることをお詫び申し上げますです。
 おおよそ、前に読んだときの記憶と一致しているので、大層な誤りはないと思いますが、何かありましたら、コメントをくださいまし。

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