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2008年4月 1日 (火)

乱読日記[83]

「フォークの歯はなぜ四本になったか 実用品の進化論」,ヘンリー・ペトロスキー

フォークの歯はなぜ四本になったか―実用品の進化論
ヘンリー ペトロスキー
平凡社
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おすすめ度の平均: 5.0
5 ぜひ再販を。

なんだか暫定税率が失効して、福田総理が「お詫び」しているんだそうである(減税になってごめん、というのもヘンな話だが、それによって必要なものができなくなるのでは、たしかにゴメンでは済まされない)。で、もう失効したことを仕方なしとして「暫定」をやめ、税率を調整するとかするのではなく、参院送付から60日を経過する4月29日以降、衆院で再可決を目指すらしい。税金に税金(消費税)をかける国民騙しの方法もやめないし、こんなときだけ出てきて「お詫び」もないものである。混乱して申し訳ない、というのであれば29日後に再混乱を招くようなことをしないで、必要な税金なら「暫定」なんてインチキ臭いことをいつまでもしてるんじゃありません。それができないなら、その理由をちゃんと説明しなさい。
 いや、このまま行ったら絶対に、4月末、ガソリンスタンドで暴動が発生する。…ような気がする

▽ さて。「必要は発明の母」というような言葉があって、ニーズが技術的進化を促進するかのように言われるわけだけど、普通、人間なんて必要を感じることもなく、既存物に適合して生きているんだよ、というのが本書の一つの話のスジである。

■ 本書には、多種多様な「実用品」の進化の過程が描かれている。
 ちょうど、アイラ・フレイトウの「あっ、発明しちゃった!」と同じような、様々の「発明品」完成までの物語である。

□あっ、発明しちゃった!

あっ、発明しちゃった!
アイラ フレイトウ
アスキー
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おすすめ度の平均: 5.0
5 技術者・科学者の方に是非

紹介されるものの一つは、フォーク。そしてペーパークリップ、ポスト・イット、ファスナー、アルミ缶のプルタブなど。

 この本を読み始めた当初、本書の主張ポイントである、「形は失敗に従う」、または「形は運(fortune)に従う」という話の本質がよく分からず、機能的にデザインされることが当然にあるはずと考えて批判的に読んでいた(いまでもこの点については、私は本書に対し、多少批判的である)。しかし、各発明製品の進化の過程はどれも興味深いもので、なるほど失敗に従って構成が変化するという趣旨に納得してしまった。やっぱり発明物語というのは面白いものなんだ。その面白さに負けた。

■ MAYA
 本書がアイラ・フレイトウの本と違うのは、その進化の過程がなぜ起きたかを考察している点と、それに加えて商業的な成功がどのように達成されるかが描かれている点と、だろう。 本書で紹介されているところによると、特許製品が「売れる」には、それが

Most Advanced, Yet Acceptable (最も進化的ながら、受け入れられる---略して MAYA )

であることが必要だそうである。
 一般的に、人は通常の習慣を変えてまで新しいものを試さない、というわけだろう。どんなに便利そうに見えても、別段今のものも不平を並べるだけのものではない(使用中は扱き下ろしても、喉元を過ぎると熱さを忘れていて、スーパーで商品を見ても、わざわざ新しいものに手をださない)わけである。それはその通りと言えるだろう。発明製品を売ろうという人は、新しい需要も喚起しないといけないわけだ。
 それが如実に出ているのが、意外なことに「ジッパー(ファスナー)」の発明なのである。いまでは衣類を「閉じる」必須アイテムであるジッパーが、過去にこれほどまでに失敗を繰り返していたことに驚いた。なおかつ、発明者本人がそのこと(需要喚起が必要であること)をよく知っていたということにも驚いた。
 発明と、需要喚起と、資本という全体がうまく回ってこそ、発明が世に出て行くのだなぁ。

 なお、本書には豊富な特許事例も紹介されているが、これを見ると、米国という国は、特許制度が技術的発展にちゃんと寄与していることがわかる。いや、我が国でもそれなりに寄与しているのだろう。ただそれをこの本のように紹介できる人材がいないだけかも知れない。

■ さらに本書では、技術的発明ばかりでなく、デザイン(意匠)についても触れられている。インダストリアル・デザインがどのようにして現れたか、そのあたりが書かれている。これもなかなか興味深い。そのほか、ディナーコースの歴史などというサイドストーリーもある。いや、ディナーコースの話題は、食器類の進化に対応したものだから、サイドストーリーとばかりは言えないかも。

 とにかく本書は、考察としても、読み物としても、なかなか面白い本である。実をいえば、この本が発刊された 1995 年、どうやら本書の発行元である平凡社では、「技術史クラシックス」というシリーズの本があったらしい。タイトルからすると、「工作機械の歴史」、「蒸気機関からエントロピーへ」、「水車の歴史」、「馬車の歴史」…。
 どこかで見かけたら読んで見たいものであるが。

■ 昔、小学校時代に、試験問題で出てきた文章をいまでも覚えている。それは「科学者の目」という読み物で、「科学者は頭が良くなくてはいけない」という。さらに、「科学者は頭が良くてはいけない」ともいう。「なぜだ、どうしてなんだ」と、理解できないことに気がつくことが大事だという話になっているわけだが、世の中、「気づき」が得られても、なかなか習慣化していたり惰性になっている行動・思考から抜け出せないことが多い。気づいたことを放擲せずに打ち破ろうとするところから、トマス・クーン的、extraordinary なことが起きるのかもしれない。
 ガソリン税だって、暫定とか言ってないで、その制度のおかしなところに「気がついた」のだから、この「気づき」を次のステップに繋げていく必要があるように思うのだが、残念ながらこの「気づき」もいずれ忘れられてしまうものなのだろうなぁ。おそらく、あと数年もすれば、

「暫定税率? 何だっけそれ?」

ということになるんじゃないか。それが政府の狙いだとも思うけどね(どうして地方の知事たちもそれが「暫定」であることに文句を言わないのだろう---誰かその理由を教えてくれませんか)。

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コメント

小学校の試験問題というのは、「科学者とあたま」(寺田寅彦)でしょうか。岩波文庫の随筆集4に収録されているようです。文章自体は、ここで読めます。http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2359_13797.html
でも、ちょっと違うような気もします。

投稿: | 2008年4月 1日 (火) 08時42分

コメントありがとうございます。

内容と趣旨はぴったりです。文章の一字一句は相違しているように思います。たぶん、これを引用した文章だったのだと思います。
なるほど、寺田寅彦氏だったのですね。ありがとうございました。これで「出典を知りたい」文の一つが解明できました。
実は後一つ、満員電車における、乗ろうとする人、降りようとする人、乗り続けようとする人とのそれぞれの心理的葛藤を描いた文章(これは高校時代の試験問題)の出典が知りたいのですが、どなたかご存知ないでしょうか…。

投稿: ntakei | 2008年4月 2日 (水) 03時40分

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