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2008年2月 8日 (金)

[弁理士試験]判例案内(12)

ある判決が後の事件の判断において基礎となり得るかどうか。この問題は、判決の先例性というようなことですが、例えば判例法の考え方をとる米国ですと、先例性の有無は極めて重要ということなのか、判決が先例的であるかどうかについて一言あるものです。例えば、例のKSR事件について、CAFC の判決は「先例性なし」と明示してあったはずです。

▽ 翻って日本の判決をみると、最高裁判例は法源としての役割が認められているために、ある程度の先例性は認められているとみるべきでしょうが、結局、先例性というのも、いつぞや書いた判決の射程を越えてまでは及び得ないんじゃないか、とも思うわけです。

■ 昭和45年(行ツ)45号(民集28巻2号308ページ)
 ---と、謎の前置きを置きまして、前回に引き続き意匠法の判決からです。「民集」というのは、最高裁の裁判官が特に先例として重要と考えるものを掲載している書誌です。この判決が「民集」に収録されているということはつまり、そういうことです。判例変更があるまでは先例性を認める必要があるわけですね。

 さて、この事件は、いわゆる「可撓伸縮ホース事件」として著名です。意匠法3条2項に係る判決なのですが、この事件当時と現在とでは、多少、その条文の文言に差異がありますので、念のため、当時の法律を見てみましょう。

□3条2項(平成10年改正前)
 意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基いて容易に意匠の創作をすることができたときは、その意匠(前項各号に掲げるものを除く。)については、前項の規定にかかわらず、意匠登録を受けることができない。

これに対して、現行法では、こうなっています。

□3条2項(現行)
 意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたときは、その意匠(前項各号に掲げるものを除く。)については、前項の規定にかかわらず、意匠登録を受けることができない。

 「日本国内」から「日本国内又は外国」に広がったこととと、「広く知られた」が「公然知られた」に広げられている点が改正されたところです。

 この判決の意義を理解するためには、判決の当時、3条2項について、次のような見解があったことを理解しなければなりません。その問題の焦点は、3条1項との関係なのです。
 すなわち、3条1項3号に、

「前2号に掲げる意匠に類似する意匠」

は登録できないとされている点が問題なのです。前2号、つまり、公知ないし刊行物公知の意匠ですが、これらに類似するということは、これらから容易に創作できたことをも意味するのでは、というわけです。そしてそう考えると、2項の意義がよくわからない結果になります。そこでこの点を整合的に考えるため、

「3条1項3号は同一又は類似の物品の公知意匠との関係における創作性を要求している。これに対して2項は物品は異なるが、周知である意匠との関係での創作性を要求している。」

とする見解があったわけです。本判決は、この見解を否定したものです。

■ 最高裁の見解
 最高裁の説示内容は次のようです。

 意匠は物品と一体をなすものであるから、登録出願前に日本国内若しくは外国において公然知られた意匠又は登録出願前に日本国内若しくは外国において頒布された刊行物に記載された意匠と同一又は類似の意匠であることを理由として、法三条一項により登録を拒絶するためには、まずその意匠にかかる物品が同一又は類似であることを必要とし、更に、意匠自体においても同一又は類似と認められるものでなければならない。しかし、同条二項は、その規定から明らかなとおり、同条一項が具体的な物品と結びついたものとしての意匠の同一又は類似を問題とするのとは観点を異にし、物品との関係を離れた抽象的なモチーフとして日本国内において広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合を基準として、それから当業者が容易に創作することができた意匠でないことを登録要件としたものであり、そのモチーフの結びつく物品の異同類否はなんら問題とされていない。

 結局、最高裁は、1項3号が「意匠」の類似について考えているのに対して、2項では、「意匠」ではなく「形状」等を基礎にした考えをしていることにより、1項3号は「具体的な物品と結びついたものとしての意匠の類似」を問題とし、2項は「物品との関係を離れた抽象的なモチーフ」を基準として容易に創作できたか否かを判断するものであるとします。
 なお、この「公知」は、単に知られ得る状態にあるだけでは足りず、現実に知られていることを要するというのが一般的です(昭和52年(行ケ)71号、「サンドペーパーエアグラインダー事件」参照)。

■ 落ち穂ひろい
 さて、上記最高裁判決は、続けて次のような説示を行います。

 このことを同条一項三号と同条二項との関係について更にふえんすれば、同条一項三号は、意匠権の効力が、登録意匠に類似する意匠すなわち登録意匠にかかる物品と同一又は類似の物品につき一般需要者に対して登録意匠と類似の美感を生ぜしめる意匠にも、及ぶものとされている(法二三条)ところから、右のような物品の意匠について一般需要者の立場からみた美感の類否を問題とするのに対し、三条二項は、物品の同一又は類似という制限をはずし、社会的に広く知られたモチーフを基準として、当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性を問題とするものであつて、両者は考え方の基礎を異にする規定であると解される。

 この判決では「類似する意匠」の判断が、一般需要者の立場からした美感の類否問題であると書かれているわけです。そこで平成18年の意匠法改正では、類否判断の基準を明確化する、との方針にあたり、この判決をひいて、次の条文を規定したのです。

□ 24条2項
 登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとする。

 判決で「一般需要者」が条文で「需要者」に変わっているなどの細かい相違点については、平成18年の改正本(p.23)を参照して頂くとして、経済産業調査会が発行する「知財ぷりずむ」の昨年11月に掲載された牛木理一先生の論文は、この点に疑義を挟みます。

□改正本:

 上記判決が法3条1項3号と2項との関係における高裁の見解に対し、1項が「物品との関係での意匠」、2項が「物品を離れた抽象的なモチーフ」を考えているとしたことは明らかですが、さてその後に展開された類否判断に関する説示を、この判決の射程範囲内と考えるべきかどうか。この点について、私は無理があると感じます。結局、この最高裁の判決の先例性は、1項が「物品との関係での意匠」、2項が「物品を離れた抽象的なモチーフ」を考えているという部分に限られると思うのです。そういう意味では、余計な説示が入っていた結果、それが独り歩きするという弊害がここにも現れているような気がして、立法者は判決を理解していない、という牛木先生の考えに同調します。

 ただ、牛木先生の論旨は、この24条2項が、意匠の類否を定めるにあたり、いわゆる「混同説」をベースにしたものに読めるので妥当でない、ということにつながっています。この、意匠の「××説」に入り込むと大層な迷路になっていますので、今回は踏み込まないことにしたいのですが、基本的に牛木先生の論文は、現行の意匠法の解釈が「創作者を基準とする創作説」を採用するという見解に基づくものと思います。ただし創作説自体は、幅が広く、「創作性の類似」を誰が判断するかについてはいろいろな説があるものと私は理解しています。この理解に立って考えるに、意匠法が創作保護法であるから創作者基準で考えるべきだとする牛木先生の見解に全面的に賛同するべきかどうか、私としては判断がつきかねるところです。個人的には需要者の立場で考えるべき側面も否定できないと思うからです。

 ただ受験のことだけを考えていくのであれば、誰かの説に従って、統一的に論旨を展開すれば問題はありません。いろんな観点を切り貼りして、論理の通っていない論文になってしまうとマズイだけです。戦略的に考えるのであれば、「武器」はたくさん用意しておいて、問題に即して一番筋の通りやすい「説」に沿って論文を展開するのがスマートかな、と思います。結局、受験時代は、どれかの説に固執することなど、意味はないと思うからです。

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