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2008年1月18日 (金)

[弁理士試験]判例案内(9)

先日、JP-First について単語だけだしたところ、案外、この語で検索される方が多いので改めてご紹介します。この制度は、特許庁のウェブページにも説明があるのですが(http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/puresu/puresu_jp_first.htm)、日本を第一国出願(つまり優先権の基礎)として、パリ優先で外国へ出願した場合に、当該第一国出願の出願日から2年以内に審査請求があったものについては、他の出願に優先して審査に着手する、という制度です。この制度の開始は本年4月1日以降の出願からになります。要するに第二国で、第一国の審査結果を利用できるようにする趣旨なのです。なお、この JP-First、JP - Fast Information Release STrategy という苦しい英文の略語らしいので、ほんとうならば、JP-FIRST と書くべきなんでしょうな。

▽ さて、「人工心肺」といえば、心臓や肺などの手術中、心臓や肺の機能を代って遂行する機械ですが、「人工乳首」というのは、赤ん坊用の飲み物容器につけられた乳首状の吸い口をいうわけです。今回の事件は、その人工乳首に関する事件。

■ 平成14年(行ケ)第539号事件
 この事件については、いろいろ高名な先生方が論評を出されているので、いまさら私が論評をするようなものでもないと思います。ただ、試験用としては一応気にしておかないといけない事件かとも思うわけです。そんなわけで、ひとつご紹介。
 事件としては、こんな感じ。
 原告側は当初、次のようなクレイムで、出願をしました。

 【請求項1】 乳首胴部と、この乳首胴部から突出して形成されている乳頭部とを有する人工乳首であって、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっていることを特徴とする人工乳首。
 【請求項2】 上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられていることを特徴とする請求項1に記載の人工乳首。
 【請求項3】 上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されていることを特徴とする請求項2に記載の人工乳首。
 【請求項4】 上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚いことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の人工乳首。

 この出願を基礎として、原告は、国内優先権を主張し、次のような実施例追加を行いました。この追加部分は、審決からの引用です。

 乳首胴部、乳頭部及び鍔部(ベース部)を有する人工乳首において、伸長部である肉薄部が人工乳首の乳頭部及び乳首胴部の壁面の内側にかけて螺旋形状に形成され、この伸長部の螺旋形状により、伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されている

 この構成は、先の出願の明細書や図面に含まれてはおりませんでした。
 審決では、元の出願について、

  • 伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられていること
  • 伸長部と上記剛性部が交互に配置されていること
  • 上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚いこと

は、記載されていると認めていますが、「前記乳頭部及び乳首胴部のシリコンゴムから成る壁面の内側に、この壁面より肉厚の薄い伸長部が形成され、この伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されていることを特徴とする人工乳首」は、明細書の記載要件からして、元々の明細書の記載に基づいて解釈されなければおかしいとして、

先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明において、「伸長部」が螺旋形状のものをも含んでいるとは到底いうことができない。

と述べています。要するに、伸長部が螺旋形状であるとの発明については、優先権主張を伴う後の出願で初めて現れた事項で、その出願日は先の出願日にはならないということです。
 結果、先の出願から後の出願までの間にあった他の出願が決定的な先行技術となり、拒絶の審決となりました。

■ 判決の概要
 判決は、特許法41条2項における、みなし公知規定の適用に関する条文部分を参照し、いきなり結論に迫ります。

 (この条文は)後の出願に係る発明のうち,先の出願の当初明細書等に記載された発明に限り,その出願時を同法29条の2の適用につき限定的に遡及させることを定めている。後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから,後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。※着色は本記事著者

 この判決においては、クレイム文言を変えずとも、実施例の記載を変えることで、クレイムの定める技術範囲が異なり得ると判示しているようで、そのあたりはどうなのかなぁ、という話はあるのですが、試験対策としては、そこのところは置いておき「先の発明に文言上は含まれていても、その下位概念に別の発明がある場合、その別にある発明を追加したときには、当該追加部分に優先権の効果は認められない」、という程度に理解しておけばよいのかなと思います。元々あった部分については優先権の効果が認められるわけです。クレイムの記載を発明を列挙したものと考えてしまうと今一つ理解しにくいかも、なのですが、「発明」という単位で理解していくと少し分かりやすくなるのかなと思います。

■ まとめます。
私の受験時代に弁理士試験の基本書中の基本書だった、吉藤幸朔「特許法概説」には、国内優先権の主張態様として、

  • 実施例補充型
  • 上位概念抽出型
  • 出願の単一性制度利用出願型

の3つの態様が挙げられているわけです。一応、各態様の説明くらいは知っておいて悪くないでしょう。
 今回の例は、このうち実施例補充型に相当しているわけです。先の出願(クレイムA1/実施例α1、出願日d1)があり、これに基づく優先権を主張して後の出願(クレイムA1/実施例α1+α2、出願日d2)があるとすると、クレイムA1のうち、実施例α1でサポートされる部分は出願日d1を基準に先後願関係が判断され、実施例α2でサポートされる部分は出願日d2を基準とするわけです。
 次の「上位概念抽出型」というのは、こうです。先の出願IとしてクレイムA1/実施例α1(出願日d1)、先の出願IIとしてクレイムA2/実施例α2(出願日d2)が記載されているとします。これら両者に基づく優先権主張を伴って、クレイムA1,A2の上位概念にあたるクレイムA0(実施例としてはα1とα2に相当する部分に、さらにα3が追加されるわけです)を出願する(出願日d3)態様です。
 先後願判断としては、クレイムA0のうち、実施例α1にかかる部分は出願日d1として、実施例α2にかかる部分は出願日d2として、実施例α3にかかる部分は出願日d3として判断するというのですが、上の判決にもありますように、この判断は、クレイムの文言上の構成要素単位というよりは発明の単位で見なければなりません。
 単一性制度の利用型というのは、直列的にA1,A2を含む出願をする例で、これは分かりやすい例といえるでしょう。当然、A1部分は出願日d1、A2部分は出願日d2で判断されることになります。
 可能ならば図書館などで「特許法概説」の該当ページをご覧になると分かりやすいと思います。それなりの図を用いて説明されています。

■ すこし話を巻き戻しまして、クレイム文言を変えずとも、実施例の記載を変えることで、クレイムの定める技術範囲が異なり得ると判示しているかに見えるということなのですが、それというよりは、本件の場合、優先権で具体的態様を追加したら、その態様通りの先行例が引っ掛かっちゃったというわけです。つまりは下位概念部分にさらに追加的に求めた権利の登録が否定されたと見るべきなのでしょうが、仮に優先権を主張しなかったら、他に拒絶理由がなければ登録され得たのかも知れないわけです。優先権主張によって部分的に出願日が繰り下がってしまうかのような結果なので、今一つ納得が行きかねる、という見解も理解できます。
 敢えて立法論に走るならば、ディスクレーマーというか、そういう制度でもあれば、先の出願開示部分に限定するような形もとれたのでしょうか…。まぁ、それでも利用発明なんかとのバランスは欠きそうですねぇ。ま、いずれにしても弁理士試験では立法論には踏み込まないほうが良策です。

 要は、試験勉強では必ずしも判例自体の学習をするのではなく、そこに表れている判断の構造を抽出しておくことが肝要ということです。実務ではまた少々違った観点が必要なのですが。

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