« 事故渋滞 | トップページ | だいじな対価のはなし »

2007年12月 7日 (金)

[弁理士試験]判例案内(4)

子供の頃に罹っていれば問題がないのに、大人で罹ると意外に重症になったりするものの一つに、水痘があります。私もこれ、大学受験時期にやってしまい、一時的に高熱を発しました。幸い、といいますか、偶々その頃は未だ中学でやったネフローゼのために医者通いをしていましたので、落ち着いたころに血液検査で水痘ヘルペス抗体も看てもらいました。

検査結果シートを見た医者が開口一番
  「おかしいな、あんまり増えてない。水痘ヘルペス。」
  「…ってことは、再発の可能性ありってことですか?」
と私。
  「まぁ、大丈夫だと思うけどねぇ。(抗体の量が)普通の7割くらいかなぁ」
とその医師。
 当時、別段ステロイドを続けていたわけではないので、この評価には納得がいかなかったのですが、それから今日まで、再発することはなく。

▽ さて、その水痘、薬品で治療することになると、「アシクロビル」という薬剤を使います。もとはグラクソですが、ゾロ品(いわゆるジェネリック)も揃っており、いまではそれほど高価なものではないようです。

■ 作用機序
 アシクロビルは、ウィルスに感染した細胞に入り込むと、ウィルスが発生するチミジンキナーゼという酵素によってリン酸化され、さらに人が普通にもっているキナーゼでさらにリン酸化されて、アシクロビル三燐酸となります。このアシクロビル三燐酸は、DNAのモノマー(っていうのかなDNAの場合も、要するに重合の単位)にそっくりで、DNAの鎖に入り込むのですが、重要なことは、次のモノマーにつながるはずの連結器(糖の、特に−OH部分)を持っていないのです。このためにDNAポリメラーゼが阻害されて、ウィルスの増殖が抑えられてしまいます。
 うまいことに、活性化の最初の段階でウィルス由来の酵素の作用を要しますので、ウィルス感染していない細胞への影響は、理想的にはあり得ないのです。もっとも、副作用がないわけではありませんから、服用に際しては、よく分かっている医師の処方が必要です。

■ さて、このアシクロビル、「置換プリン」とも呼ばれていて、グラクソは、これについての特許権を有していたウェルカム社から通常実施権を得て製造していたのです。その特許権は、特公昭56-33396号。存続期間延長の制度によって、存続期間が延長されています。
 請求項1には「式(I)」として、アシクロビルをやや一般化した化学式が記載されています。説明のために、公告公報から引用してみます:

0712071

先程の作用機序の説明からすると、この図で左上に描かれている2つの含窒素「カメの甲(一方は五員環ですが)」たちがDNA塩基によく似た部分で、右下側の鎖状部分が糖鎖に似たところです。図上Xは酸素なのですが、…CH−X−CH・CH…のあたりが本当ならば(重合のためには)五員の糖になっていなければならないのになっていないところがミソです。

 で、問題になりましたのは、沢井製薬という会社が、このグラクソ製造のアシクロビル製剤を購入してきて、こんなことをしたのです。
 沢井製薬では、購入したアシクロビル含有製剤に精製水を加えて攪拌して錠剤を崩壊させ、ここから有効成分であるアシクロビルを精製して再結晶させました。要するに有効成分だけを取り出したわけです。そのうえで、この再結晶させたアシクロビルを使って薬品を製造したのです。これによりどんな効果が得られていたのか、専門家でもない私には分かりかねますが、グラクソや特許権者はこれに対して、文句をつけたわけです。

■ 特許権を持っている人が、その特許権に係る発明を実施した製品を販売したとして、その販売を受けた元売りが、さらに小売業者へ販売するとすると、この元売り業者の行為は特許権の侵害になるのでしょうか。また、小売業者は消費者へ販売したりしますが、この小売業者の行為はどうでしょう。
 仮にこれらを特許権侵害と言ったら、流通というものが成り立たなくなるので、常識的に考えて侵害にしてはいけないということになるでしょう。しかし、その結論を導くための法律的構成はどうしたらいいでしょう。
 吉藤の「特許法概説」では、主要な説として、

  • 所有権移転説
  • 黙示実施許諾説
  • 用尽説(または消尽説)

を紹介します。このうち、所有権移転説は、特許権が所有権とともに移転するわけではないので支持できません。黙示実施許諾説は、ある側面で妥当なところがあり、いまでもこの説に立つと説明しやすい判決はあると、私は思います。
 しかし、通説はなんといっても最後の消尽説です。その根拠をハッキリと説示したのが、この判決です。曰く、

特許権の消尽は,特許権者等が一たび特許製品を市場に流通させた以上,適法にその特許製品の所有権等を取得した者が,これを業として使用し,譲渡等する行為に対し,特許権者等が当該特許権を行使することができるとしたのでは,既に特許製品の譲渡により実施対象に対して十分な利益を得ている特許権者等に二重の利益を与えることになるだけでなく,そもそも市場における商品の自由な流通を阻害し,もともと所有権制度と衝突する側面を有する特許権に対し,必要の限度を超えた過度の権利を与えることになり,社会公共の利益にも反し,本来の特許法の目的に反する結果となるからである。

 要するに、市場流通を阻害してまで、二重利益確保の機会を与えると、保護が過度になって社会公共の利益に反し、結局特許法の目的に反する、として、「法目的」という伝家の宝刀を抜いた形です。
 ところでこの消尽論でさらにむつかしいのは、吉藤で紹介されている通りの「国際消尽」の問題と、「消尽」したはずの特許権が復活するときです。

■ 消尽した特許権の復活
 ちかごろの判決で、また最高裁での上告棄却がでて話題になった平成16年(ワ)第8557号などで詳しく判断がされておりますので、ここではちょっと触れるだけにしますが、要するに再度の生産に該当したり、特許権の主要部を交換しているような場合において、消尽させた特許権について、再度の利益確保の機会を与えることにしています
 このアシクロビル事件判決は、その基礎となるような判断を述べています。

(特許製品を)買い受けた者が,特許製品を業として使用し,譲渡等するために,当該特許製品を修理等したとしても,その修理等の行為が,特許発明に含まれない部品の交換であったり,特許発明の構成要素である部品の交換であったりなどしても,当該製品の使用を継続するために通常必要な部品の交換(…中略…)等であって,実施対象の同一性の範囲内において行われる限りは,それらの行為は,当該製品の継続的な使用や中古品としての再譲渡等に必要な行為であり,その製品の本来の寿命を全うさせる行為であって,当該製品を新たに生産する行為とはいえないものであるから,当該特許権の効力は,このような修理行為等に対して及ぶことはないというべき

その上で、裁判所は、

しかし,当該特許発明の主要な構成に対応する主要な部品を交換するなどして,修理等の域を超えて,実施対象を新たに生産するものと特許法上評価される行為,すなわち,特許発明の主要な構成に対応する主要な部品の交換等により,特許権者等が譲渡した特許製品に含まれる実施対象と同一のものとはみなされなくなるものを生産する行為は,もはや単なる修理やオーバーホールなどということはできず,特許権者等が本来専有する実施権である,特許発明の実施対象を生産する行為に該当し,この新たな生産行為について,当該特許権の効力が及ぶのは当然というべきである。すなわち,特許権の消尽といっても,特許権の効力のうち,生産する権利については,もともと消尽はあり得ないのであり,前記のとおり,消尽するのは,特許権者等の生産に係る特許製品に含まれる実施対象を業して使用し,譲渡等する権利であり,特許製品を適法に購入した者といえども,特許製品を構成する部品や市場で新たに購入した第三者製造の部品等を利用して,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになるのは当然というべき

と判断しています。
 本件では、発明の主要な部分であるアシクロビル自体が、原審原告側の製造したものそのものになっているので、上の事情に当て嵌めてみると、生産する権利を侵害していないということになると、そういう判断になります。
 この判決では、特許権の効力を、生産する権利とそれ以外の権利に分け、生産する権利についての消尽を認めないことで、消尽論と特許権の効力の法律上の解釈問題に整合を取ろうとしているようです。消尽論っていうのは、ちょっと取っつきにくい(説明がしにくい)側面があると思うのですが、この裁判所の構成は、なかなか面白いなぁと思います。

|

« 事故渋滞 | トップページ | だいじな対価のはなし »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165428/17294605

この記事へのトラックバック一覧です: [弁理士試験]判例案内(4):

» 癒しのある子育てママ生活/子供の下宿先もネットなら☆ [癒しのある子育てママ生活☆,[弁理士試験]判例案内(4)]
こんにちわ!子育てをしながらおしゃべりブログを書いています。今回は大学進学を控えたお子様をお持ちのパパママさんに役に立てていただけそうな下宿先の賃貸検索サイトをみつけたのでご紹介してみました。よろしければ相互TBおねがいいいたします。ぜひ遊びに来てください☆... [続きを読む]

受信: 2007年12月 7日 (金) 10時56分

« 事故渋滞 | トップページ | だいじな対価のはなし »