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2007年11月21日 (水)

アーカイブス散策

世の中には、ゲームなんか何の役に立つ、と思う人がいるようだが、少なくとも UNIX(登録商標)のマニュアル第6章を占めるだけの意味がある。というのは、そもそもこのオペレーティングシステムの発祥がゲームにあったから、というわけではない。例えば rogue のようなゲームをしていると、その操作を通じて、vi (テキストエディタ)の操作方法が身に付いたりする。また、我々日本人には、quaff(がぶがぶ飲む)というような、あまり教科書にでてこない英単語を勉強できる。そういうメリットはあるわけだ。

▽ もっとも英単語に限って言えば、これはゲームというよりもコンピュータ技術自体の付属物かもしれない。たとえば、ディレクトリ(要覧)のような単語が(その意味はともかくとして)浸透したのは、ファイルシステムにおいてディレクトリなる概念があったからだし、たぶん、吉崎栄泰氏が LHArc を開発したあたりから、「アーカイブ」という単語が、一般社会にじわじわと浸透し始めたのだと思う。

■ Archive
 その後、「NHKアーカイブス」などと銘打たれた番組が放送されるに至り、まぁ、ほとんど、このアーカイブという単語が、「なんか、まとめられたもの」というイメージに結びついていると思う。いま、この archive という単語を辞書でひいてみると、「公文書保管所」というような訳語が当てられているとおもう。日本で言えば、国立公文書館(http://www.archives.go.jp/)がそれにあたるだろう。
 この公文書館、毎月「今月の資料」と題して、膨大な所蔵資料のなかから選りすぐりのものを紹介してくれる。例えば今月は「醒睡笑。」江戸初期に成立した笑い話集であるとかで、今月は奥さんに殴られる旦那の話を2つばかり紹介している。僧侶が著したものらしいが、艶やかな話も多いとかで、気になったら、こちらをどうぞ…

 さぁ、相変わらず私は前置きが長くなるのであるが、この国立公文書館の所蔵資料が本日のメインディッシュである。

■ デジタル・アーカイブ
 この国立公文書館所蔵の資料の一部は、ウェブブラウザで閲覧できる。それが、「デジタル・アーカイブ」である(http://www.digital.archives.go.jp/)。
 こころみに、内部を覗いて見ると、各省庁の過去の文献が山と所蔵されている。

 ふと気になって、昭和34年前後の特許法の改正資料があるかと調べてみると、何点かが閲覧可能になっていた。

■ 34年改正資料
 同改正資料としては、特許庁地下の荒玉義人文庫がとみに有名であるが、公文書館所蔵のものは、もうちょっと公に出現した資料である。例えば34年2月に現れた「改正要綱」によると、改正の目玉は「公知」についての世界主義、不特許事由として「核変換による物質製造の方法」が導入されることなどが記載されている。しかし、いわゆる進歩性導入についての記載がない。
 だが、直後(?)にある資料には、新規性のあとに

ニ、所謂「発明の進歩性」についての規定を新しく設けた

とある。これによると、

 特許を受けることができる発明は新規なものでなければならないことは現行法第一条においても新法においても規定されているが、改正法案においては更に特許を受けることができる発明は、その発明の属する技術の分野における通常の技術知識を有する者が特許出願前に公知になっている発明に基づいて容易に発明をすることができたものであつてはならないという趣旨を規定している。

 という(強調はこの記事著者)。この書き振りだとなんだか、旧法にはなかった観念を導入して、特許要件に新しいのを追加したみたいだ。この資料では、いわゆる進歩性の趣旨は、審査基準の向上、技術水準のあまり高くない発明に特許を付与しないことを目的としたものだとしている。

 さらに、同じくデジタル・アーカイブの資料から、34年法の逐条解説の原案と思しきものが見つかった。その29条の条文部分はなかなか興味深い。これは29条1項の記載であるが、HTMLのタグを使ってできる限り再現してみよう。

<特許の要件>
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に実施をすることができる程度に日本国内において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明であつて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に実施をすることができる程度に公然知られるおそれがあつたもの
三 特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に実施をすることができる程度に記載された発明
2 特許出願前にその発明の技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。

第1項で消し去っている部分は、実は旧法4条にある文言に近い。第2項を入れたときに、紛らわしいと思ったものだろうか。それとも、二号の「公然知られるおそれ」というのはちょっと勇み足っぽくておもしろいが、これが要件としては適切でないと考えたので、ついでに誤解を生みそうな文言を削除したものか。それとも別の意味があるのか。

 「解説」の方では、2項が「進歩性(Inventive Step)」の問題であるとしたうえで、現在におけるのと同じような趣旨解説を持ち出している。もっとも、

「現行法(注・旧法)の下でも上記のような発明に対して特許を付与しているわけでもなく、その意味では運用上の問題を法文上明確にしたもの」

だと説明している。と、いうことは、改正要綱で「更に…」と加重要件のように言っているのとはちょっと平仄があわない。

 さらに、語句解釈のところへ目を転じてみると、こんなのがある。<技術の分野における通常の知識を有する者>というのであるが、

一応特許庁の通常の審査官が自己の担当する技術の分野について有する知識と同程度の知識を有する者ということができよう。したがつて、大学の研究室などにおける特殊の専門家が自己の有する知識に基づいてようやく実施することができるような態様における発明の公表は、ここにいう公知に該当することにはならない。

(強調は本記事の著者)

 この語釈はどうも第一項の消された「当業者」に宛てたもののようだ。仮に第二項に規定の「当業者」においても、これと同じ語釈で通用すると考えられていたとすれば、その意味は現代のものとは乖離している。例えば---まぁこれも過去のものでしょうと言われるとその通りなんだけど---吉藤「特許法概説」に言わせると、この通常の知識を有する者というのは、通常の専門家が有すべき知識を想定して得られる「想像上の人物」なのであり、さらに吉藤は、

技術についての知識が通常程度であれば足り、必ずしも高度の知識を必要としないように解されるが、明らかに誤りである

ともいう。そして進歩性の判断の基準となる創作の価値判断を為すべき者は、

  • 「従来技術に関する知識の全部を自分の知識とし」
  • 「まだ自らの知識としていない技術であっても、これに接するときは完全に理解し、その後これを自らの知識とすることができる者」

なんだそうである。
 

ちょっとまってくれ。

まだ自らの知識としていない技術であっても云々」とはどういうことであろうか。本願明細書を見たら、あ、そんな技術か。それならモノにできる。と考えたら、本願発明は進歩性がないのか??
 この吉藤の書き振りは誤解を生むと思う。あまり賛意を表すことができない。上記公文書館の「逐条解説」の語句解説では、新規性進歩性の判断時が飽くまでも「出願前」なんだという説明も見られる。ハインドサイトで時々問題になるようなポイントなのだけれども、意外に軽視されてしまうところでもある。出願前には本願明細書は、ない。そのないものを見て進歩性を否定できると述べているとすれば、それこそ自明な誤りである。
 当業者のレベルというやつ。これも進歩性判断の重要なファクターの一つであるが、現行法立法当時の考え方に立ち戻ってみると、別の解釈の余地があるのかも知れない。

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