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2007年11月30日 (金)

[弁理士試験]判例案内(3)

早いもので、今年ももうすぐ師走になります。師走のイベントは数多く、その中でもクリスマスというのは誰にとっても浮かれやすい時期らしい。ふだん平静を装っている近所の家の壁に、突如として電飾が現れたりすると、ちょっとビックリします。

▽ また師走というと、日本映画のフアンは、往年の「男はつらいよ」シリーズを思い出すのではないでしょうか。最後の方では12月に公開というのが一般的だったからです。未だにこの作品は人気が高く、例えば寅さんの「それを言っちゃぁ、おしまいよ」というセリフは、今でもときどき引用されて使われることがあります。
 さて、特許権侵害の訴訟において、被告側の抗弁として「それを言っちゃぁ、おしまいよ」というか、「それを言うようじゃぁ、(もう危ないので)おしまいよ」と言いたくなる抗弁事由があります。それは…

■ 先使用の抗弁
 たしか昨年のことだったと記憶していますが、特許庁が、「先使用の抗弁」についてガイドラインのようなものを出したことがあります。マスコミ各社、何を勘違いしたか、

特許庁が、特許権ではなく、先使用権で技術を保護せよと言っている

という血迷った報道をしていたのを何となく憶えているのですが、生憎趣旨は違うものでした。
 まぁ、今回はそれに触れないでおくとしますが、侵害で攻められているときに---仮定主張であればともかく---先使用の抗弁を持ち出さざるを得ないということは、既に原告の特許権の技術的範囲に属することが決定しているか、あるいは属すると判断される可能性が高いなぁ、というときになるわけです。しかも、先使用の権利を認めた条文と来たら、

□第79条 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。

というもので、権利になっている特許の「出願の際」まで遡って、実施ないし準備をしていたことを立証しなければならないのですから、その主張は、もう困難を極めるわけです。

■ 今回の判例は、そうした中では珍しく、先使用の抗弁が認められたケースになります。
 事件番号は昭和 61年 (オ) 454号。いわゆる、動桁炉事件、ウォーキングビーム事件というやつです。なによりこの件が重要なのは、「実施の準備」ということと、「その実施または準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」という文言を解釈していることにあります。

 事案の概要を見てみましょう。原告をπ社としますが、原告は特許権者ではなく、特許権についての専用実施権者です。また被告はΔ社とします。
 話は昭和の時代ですが、「昭和」という年号を省いて参ります。
・41年 5月20日 Δ社 F社より入札参加要請を受ける
・    8月10日 Δ社 F社へ設計図を提出
・   11月19日頃、F社からの受注が受けられないことが判明→Δ社、設計図等を整備保管
・その後、42年に2件、43年に2件…と、同設計図を基礎とした製品(イ号製品)を受注
・また、46年 5月にΔ社が納品したイ号製品は、基本的にはAにかかる発明の技術的範囲に属するものの、一部がAとは異なる。
 あ、イ号製品というのは、侵害事件のときによく使われ、侵害と目される製品をいうのに使う語なのですが、決して「正しい用語」ではありません。「被告製品」とでもいうのが本当でしょう。が、まぁ、ここではイ号と言っておきましょう。

 一方、特許権者側の方です。
・43年 2月26日 X社 米国で特許出願A
・    8月26日 X社 Aを基礎とするパリ優先を引いて日本で出願
・46年10月12日 出願公告
・55年 5月30日 設定登録
・その後、π社が専用実施権の設定登録を受ける。

 なお私、本件特許権の詳しい出願経過を見ていないのですが、当時の法制を考慮して考えるに、多分こんなこったろうと思います。すなわち出願公告から設定登録までの期間が異常に長いのですが、これは公告後に異議がかかるかして拒絶になり、その後審判などの審理があって、登録までに相当の時間がかかったんだろうと思うのです。

 さて、本件では79条にいう出願時は、優先権の基礎出願の日である43年2月ということになります。上記時系列表からすると、42年にはΔ社に既に受注があったわけですから、どうも実施またはその準備がされていたとも考えられるのですが、立証の都合上、もとの41年8月時点の設計図作成の時点で実施の「事業の準備」がされていたと言えるかという問題になったのじゃないかしらん。しかし、設計図等を取っておいたのはよかったですねぇ
 さて、それで裁判所の判断です。まず「事業の準備」の方。

七九条にいう発明の実施である「事業の準備」とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である。

 ポイントは2つ。(1)即時実施の意図、そして、(2)当該即時実施の意図が客観的に認識できる態様、程度において表明されていること、です。それにより事業の準備がされていたと考えるわけです。これらのポイントについて、本件での当て嵌めについては判決文に譲っておきまして、もう一つの判断をみましょう。

■ 実施形式説 v. 発明範囲説
 もう一つの判断は、「実施又は準備している発明及び事業の目的の範囲」という部分の解釈です。
 上で書きましたように、特許発明Aと、イ号製品との間には多少の違いがあるわけですから、そういう場合に先使用権の効力はどうなのか、ということです。

「実施又は準備をしている発明の範囲」とは、特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがつて、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。

続けて、裁判所はその理由を言います。

けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとつて酷であつて、相当ではなく、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからである。そして、その実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばないのはもちろんであるが、右発明の範囲が特許発明の範囲と一致するときは、先使用権の効力は当該特許発明の全範囲に及ぶものというべきである。

 この判決以前は、具体的実施態様と発明とをカレコレ比較して、先使用権の有無を判断していたわけです(実施形式説)。しかしこの判決では、実施形式説を否定し、実施されている態様にある技術的思想、つまり実施されている発明を認定し、その(先使用された)発明の範囲と、特許発明の範囲とを比較せよ、と判示したのです(発明範囲説)。現在では、発明範囲説が通説といえるでしょう。

 こんなのが、先使用の抗弁における考え方になります。なお、事業の目的の範囲という点について多少補足しておきます。この事業の範囲は、事業規模のことではありません(吉藤「特許法概説」)。事業の内容の問題なのです。例えば、苛性ソーダの製造業を事業の範囲としているときに、その設備を製鉄事業に使用するというように他の事業へ転用するようになると、その転用先には先使用権はない、と考えられます。こんなのが「事業の範囲」の意味合いです。

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コメント

ご無沙汰しています。
ipippiのKHABAです。

東京地裁平成16年(ワ)22343で先使用権を争いました。
先使用権を判断する良い判例になったようです。http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20071105

投稿: KHABA | 2007年12月 1日 (土) 13時32分

KHABA 様
コメントと、興味深い判例のご紹介ありがとうございます。

「実施の準備」について量産の可能性を判断の基準の一つに入れたみたいですね。発明は実施されてこそという観点からしますと、まぁ妥当な判断かな、と思います。

投稿: ntakei | 2007年12月 3日 (月) 13時11分

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