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2007年11月16日 (金)

[弁理士試験]判例案内(2)

以前にいた事務所の人が言っていたのを思い出したんですが、「記憶にございません」っていうのはすばらしく良くできた言葉だと。というのも、例えばエヌ氏が宴席に出席してたかどうかは客観的な事実問題なのだけれども、それがエヌ氏の記憶にあるかないかはまったくエヌ氏の主観的問題で、エヌ氏が「記憶にない」と言ったが最後、実は宴席に出席していたとしても偽証ではないし(忘却してしまったかも知れない)、宴席に出席していたか否かが客観的に立証できない場合、永遠に(エヌ氏が突如として記憶を取り戻さない限り)、事実は不定に陥るから、というわけ。

▽ えーと、昨日分の更新について、昨日の午後にはしようと申しておりましたことについては、「記憶にございません」とか言うつもりは毛頭ありませんが、あんまりヘボいこと書いてもしようがないんで、ちょっと更新をパスさせていただきました。スミマセン。
 えー、それで本題へ。さて。

 blog 更新はともかく、特許権なんかの実施権は、その登録を忘れてしまいますと、いろいろと問題がおきます。今回のは、そんな事案。

■  完全独占的通常実施権
 法律で定められているライセンス態様としては、

  • 通常実施権
  • 専用実施権

というおおまかに二つの態様があるわけですが、現実の契約が、このどちらかでなければならないか、というとそんなことはありません。法定されたライセンス態様は、一種の典型例でありますので、例えば「通常実施権」なんだけれども、他者には許諾しない、という旨の特約を付してもいいわけです。なお、それならどうしても通常実施権にしなくても良いじゃないかと思われるかもしれませんが、「通常実施権」にしておきますと、登録すれば転得者対抗要件が得られるわけです。この制度を利用しない手はないわけです。

 しかし、他者に許諾しない、という程度の特約ですと、権利者本人は実施ができることになります。そこでさらに、「権利者も実施しない」という特約を結びますと、これはもう独占的に実施ができる態様になります。専用実施権にかなり近いですが、通常実施権の範囲内です。こういう、実施権者以外の実施を契約上排除したような通常実施権の態様を講学的に

「完全独占的通常実施権」

と呼びます(権利者が実施できるものは「不完全的通常実施権」というわけです)。

 では、この「完全独占的通常実施権」というのは専用実施権とどこがちがうのかといいますと、専用実施権ならば、その旨の登録を備えているわけで、当該登録によって、法律上もいくつかの効果が生じるわけです(例えば差止請求権を行使し得る地位の発生)。「完全独占的通常実施権」のままでは、登録による効果がありません。
 逆にいえば、登録前の専用実施権は、「完全独占的通常実施権」ともいえるわけです。

 さて、ここいら辺を前提としておきまして…。

■ 昭和 57年 (ワ) 7035号
 この事案、実は、意匠の事案です。
 物品は、パンチパーマ用のヘアブラシ。判決文からしますと、

(a)ブラシの歯の部分が固形の円錐状になつている、(b)ブラシの両端に割り込みが設けられている、(c)樹脂材を用いて一体成形されている点で独自性を有する。

といいます。背面視において、櫛歯の立設される基体の幅方向両端部が波状になっているのが特徴的なようで、まぁ、その内容は、意匠登録603625号の図面を参照して頂ければ、すぐにおわかりかと思います。心なしか、どこかでみたような形状です。
 本裁判の被告は、これに類似するブラシを無権原で製造販売していたもので、意匠権の侵害は言い逃れできないところだったようです。
 それならば、

あとは差止を認めて、過去分については損害賠償を認めればケリがつく

はずなのですが、コトはそう簡単ではありませんでした。なにせ、この原告、意匠権者ではなかったからです。

 なにを隠そう、この原告こそ、意匠権について専用実施権の許諾を受けておきながら、登録を怠っていたらしいのです。登録を怠っていたのは怠慢からか、忘れたからか、それとも知らなかったのか、それはわかりませんが、とにかく、上記前提によれば、この原告はヘアブラシの意匠権についての「完全独占的通常実施権者」となります。
 本事件での争点の一つは、まさに、これが原因となったものでした。いわく、

  • 完全独占的通常実施権者には、固有の差止請求権が認められるのか、
  • 完全独占的通常実施権者には、固有の権利として侵害者に対して直接損害賠償請求を為し得るか

ということです。

 原告主張によると、

本件専用実施権には登録がなされていないものの、被告は本件意匠権についての侵害者たる不法行為者であり、登録の欠缺を主張しえる立場にあるものではない

というのですが、それはあまりにも…。

■ 判決
 判決では、まず、完全独占的通常実施権の性質を述べます。

 意匠法 28 条2項には、「通常実施権者は、この法律の規定により又は設定行為で定めた範囲内において、業としてその登録意匠又はこれに類似する意匠の実施をする権利を有する。」と規定しており、右の規定よりすれば、通常実施権の許諾者(権利者)は、通常実施権者に対し、当該意匠を業として実施することを容認する義務、すなわち実施権者に対し右実施による差止損害賠償請求権を行使しないという不作為義務を負うに止まり、それ以上に許諾者は当然には実施権者に対し、他の無承諾実施権者の行為を排除し通常実施権者の損害を避止する義務までも負うものではない。これを実施権者側からみれば、通常実施権者は権利者に対し、当該意匠の実施を容認すべきことを請求する権利を有するにすぎないということができる。そして、完全独占的通常実施権といえども本来通常実施権であり、これに権利者が自己実施及び第三者に対し実施許諾をしない旨の不作為義務を負うという特約が付随するにすぎず、そのほか右通常実施権の性質が変わるものではない。

 原告は意匠権者が侵害阻止に動いてくれなかった点を問題にするのですが、判決では要するに、完全独占的通常実施権の許諾者、つまりここでの権利者は、他人には許諾しないよ、という不作為義務を負うだけだとしています。
 そして原告の固有の差止請求権については、通常実施権である以上は排他性がなく、認められないとします。さらに、原告は債権者代位による差止請求権の行使を認めるよう求めていましたが、

「右債権者代位制度は元来債務者の一般財産保全のものであり、特定債権保全のために判例上登記請求権及び賃借権の保全の場合に例外的に債務者の無資力を要することなく右制度を転用することが許されているが、右はいずれも重畳的な権利の行使が許されず、権利救済のための現実的な必要性のある場合であるところ、完全独占的通常実施権は第三者の利用によつて独占性は妨げられるものの、実施それ自体には何らの支障も生ずることなく当該意匠権を第三者と同時に重畳的に利用できるのであり、重畳的な利用の不可能な前記二つの例外的な場合とは性質を異にし、代位制度を転用する現実的必要性は乏し」い

として、また、原告は無資力でもないとして、これも退けます。判決ではさらに、登録すればその差止請求権を行使できる地位がすぐに得られるのにしてないじゃん、と原告を非難しているようです。

 一方、原告固有の損害賠償請求権については、

条文上意匠法は 39 条(損害の額の推定等)、40 条(過失の推定)の規定を設け、意匠権者と専用実施権者について規定しているものの、右規定は損害額及び過失の推定についての特別規定であり、完全独占的通常実施権者に損害賠償請求権を否定する趣旨とは認められず(このことは意匠法 37 条に差止請求権につき意匠権者又は専用実施権者と規定しているのに対し、損害賠償請求権についてはかかる規定が存しないことによつてもうかがわれる)、結局完全独占的通常実施権者の損害賠償請求権については民法の一般原則にゆだねているものと解される。
 通常実施権の性質は前記判示のとおりであるが、完全独占的通常実施権においては、権利者は実施権者に対し、実施権者以外の第三者に実施権を許諾しない義務を負うばかりか、権利者自身も実施しない義務を負つており、その結果実施権者は権利の実施品の製造販売にかかる市場及び利益を独占できる地位、期待をえているのであり、そのためにそれに見合う実施料を権利者に支払つているのであるから、無権限の第三者が当該意匠を実施することは実施権者の右地位を害し、その期待利益を奪うものであり、これによつて損害が生じた場合には、完全独占的通常実施権者は固有の権利として(債権者代位によらず)直接侵害者に対して損害賠償請求をなし得るものと解するのが相当である。

として、認めていきます。
 一般的な解説では、あまり語られていないようですが、裁判所は法律の文言を実に丁寧に解釈している様子がわかります。

 試験では、損害賠償については、原告固有の地位が害されていて、原告に固有の期待利益が奪われているから認められること、差止請求権については、原告が固有の排他的権利を持っていないので認められないことが判っていればよいのかな、とおもいます。

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コメント

すごく分かりやすい判例案内ですね。

投稿: shinefukuda | 2008年6月20日 (金) 08時15分

shinefukuda 様
コメントありがとうございます。
そして、「分かりやすい」とおっしゃって頂き、恐縮です。今後も「分かりやすい」と思って頂けるよう、努力していきたいと思います。

投稿: ntakei | 2008年6月23日 (月) 13時29分

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