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2007年11月28日 (水)

ある猫の受難

例えば黒田家などは即日に勝敗が決してしまったことについて、相当に驚いたらしい。と、いうのは池波正太郎の小説(だったと思うが)にあったことだ。ときは1600年10月21日。いわゆる関ヶ原の合戦のことである。

▽ この合戦はおおざっぱに言えば、広く知られている通り、徳川家康(東軍)と石田三成(西軍)との戦いであり、西軍側部隊一部が東軍側へ寝返ったことによって、あっという間に決着した合戦である。
 この合戦で東軍側の主たる軍勢は、東海道隊、東海道別働隊、中山道隊等に分かれており(wikipediaの解説による)、その東海道隊のうちには、井伊家の24代当主、井伊直政がいる。布陣を後に再現した図によると、井伊直政は、かなり先鋒の部隊であったようで、合戦後、その効によって近江国佐和山(現在の滋賀県彦根市)18万石を与えられたそうだ。

■ 彦根市
 滋賀県というと琵琶湖が有名であるが、その琵琶湖の東側(湖東)に彦根市はある。昨今、この彦根市で、ちょっとした紛争があってマスコミをにぎわしたところである。
 それは、井伊直政が初代当主となった「彦根城」の築城400周年記念マスコット、「ひこにゃん」をめぐる事件であった。

■ 彦根城
 残念ながら、私は滋賀を訪れたことがないので、この名城・彦根城を直接みたことはない。いや違うな。私の場合、時々通る姫路にある姫路城だって、新幹線ホームの、「ここから見えます」みたいなところから遠目にすかして見ただけで満足してるくらいだから、あまり城を見る目はないらしい。
 話に聞くところでは、この彦根城、明治には取り壊しされかけたが、大隈重信の提言で主要部が保存されたものらしい。

 さて、その築城400年祭というのが、今年3月21日から11月25日にかけて行われていたわけだが、そこでマスコットキャラクターというのがデザインされた。それが「ひこにゃん」である。築城400年祭の公式ウェブサイトによると、

井伊の赤備えのカブトをかぶった猫(彦根藩二代藩主井伊直孝公を手招きして、雷雨から救った招き猫)をモデルにしています。

ということで、どうやらそのような逸話があるようである。

■ 問題は、どうやらこのキャラクタのデザイナーが築城400年祭終了後に、「ひこにゃん」キャラクターの使用を制限したい意向であったのに対して、市側が使用を継続してキャラクター商品などへの転用を期待したことにあったらしい。
 彦根市は、さっそく「ひこにゃん」の標準文字商標と、図形商標を出願している(商願2007-27090、27091)。ちなみに、この図形商標、「ひこにゃん」が向かって右側にジャンプしている様子を表しているのであるが、こういう動く対象物をマークとして商標出願する場合、どの姿態で出願するかというのがあると思うんだけど、どういう判断で、この姿態が選択されたのだろう。一番使いそうという理由?
 なお、指定商品の類は、映写フィルムやビデオなどを含む9類、キーホルダーなどの装身具を含む14類、絵本や絵はがきなどを含む16類、衣服等の25類、おもちゃ等の28類である。だいたい目指す商品がその方向なのだろう。
 キャラクターとしては立体化しやすく(実際、祭では着ぐるみが活躍していたようだ)、デザイン的にも秀逸なので、使用継続を望む市側の気持ちもわからなくはないが、こういう場合、使用制限を希望するデザイナーがどこまで市側を牽制できるか、というと、それはキャラクターデザインの委託契約の内容に大きく依存すると思う。
 どこかにこの内容についての報道があるかと思っていろいろ探してみたのだが、ついに見つけられず、どうにも検討のしようがなく、本記事も少々中途半端で終わらざるを得ないのであるが…。

■ 今日のニュースによると、デザイナーが商標の使用中止などを求めた民事調停に対し、市側が交渉テーブルに着くことを決め、またデザイナー側も、「ひこにゃん」がなくなることを望んでいないとしており、今後、市とデザイナーとの間で商標管理に関する協議が行われるという。せっかくここまで有名になったキャラクターなので、うまい形で残ってほしいものである。

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