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2007年4月19日 (木)

絵餅のはなし

侵害訴訟における特許権者の勝率というのは、長年、約2割という線を維持していた。これを見て、

弱っ。

と思うのは以前も言った通り早計なんであって、実のところ特許権者の本当の勝ちケースには終局判決に至る前に和解で終わっているケースもあるわけだ。

▽ それが、例のキルビー判決を経て生まれた、特許法104条の3の影響か、終局判決のみといっても、その勝率がちょっと考えられないほどに低くなってきているという。

■ 事案拡大の問題
 キルビー特許の場合、分割要件違反という大層明確な無効理由があったために、権利濫用の理屈を立てることに文句はなかったわけだけど、「明らかに新規性がない」、「明らかに進歩性がない」などと、この判決をドンドン敷延していくと、特許権なんてあってなきがごとしになってしまう。どだい進歩性の有無なんて、「明らかにない」とか言えるケースは相当限られているはずだが。
 そして、104条の3では、侵害訴訟において無効にされるべきものと認められるならば、権利行使不能だとだけ規定されている。この規定の解釈については、パテントの2004年11月号に、村林弁護士の問題提起があることを一応付言しておくに留めるが、とにもかくにも、勝率低下の原因の一つであることはまぁ、間違いがないだろう。

 知財立国を謳うにしては、あまりのことだというわけである。

■ 基本へ帰れ
 そこで弁理士会としては、ことの根本は明細書の作成において問題があるのではないかと反省して、基本業務である明細書の質向上に取り組もうということになっている。いうまでもなく、ここでいう明細書には、クレイム(特許請求の範囲)を含んでいる(はずである)。この取り組み自体は良いことである。無論。
 とはいえ、どういう明細書が「質の高い明細書」であるかは、顧客ごとにも事案ごとにも大きく異なっているのが実情だから、このまま話を進めても従来通り抽象論に終始する可能性が高いと私は思う。

 たとえ、最終目標を一応抽象的に、権利行使可能な明細書、と定義しても、そこには侵害訴訟で勝てるという意味か、ライセンスを出せるという意味かでもうニュアンスが異なってくる。例えば侵害訴訟の場合、相手方は無効を主張するのがもはや慣例化しているが、安易に無効にならないようにするには、無効審判で確実に勝てるクレイムを残せることが大切になってきたりする。すると、クレイムの数としていくつか削除したとしてもまだ戦える余地を残すべきだろう。
 そんな事情から「落としどころ」のクレイムは、よっぽど慎重に作らないと、製品のピクチャークレイム(製品そのものを表現したようなクレイム)に落ちてしまう。こうなると、権利としてはデッドコピー品を抑えるだけになるし、無効と判断されやすくなる。当然、権利化のときには「設計事項」と判断される可能性も高くなる。

 またライセンスを出す予定があるのならば、相手方が使う権利でないと話にならぬ。そうとすれば、自社製品寄りに限定をつくっていくばかりでなく、他社の動向を考えつつ実施態様を詰め込まなければならない。しかし実施していない事情というのは想定しにくいもので、結果として部分的に未完成な発明になりがちになる。
この場合、ことによっては記載不備や実施不能というような拒絶・無効理由がちらついて困る。

■ そのうえ、昨今の補正要件や単一性要件の改正によって、発明のポイントをばらつかせた一群の発明を権利化するのが容易でなくなってきている。重要案件ならばいきおい分割ということになるのだろうが、そのためには予め分割にかかるクレイムを想定しておくなどの準備が必要だろう。

 権利を作る段では、権利のかたちをデザインするための手段を奪っておき、しかも進歩性の判断を世界標準よりキビシく設定している(AIPPIの報告書などを参照)。一方で権利化後には、無効になりそうだとなれば権利行使を認めない、と言って、権利行使の成功率を落としていく。知財立国は絵餅どころか、そのための手段となるべき法律が「阻害要因」になってやしまいか。

 この環境下における「いい明細書」論が果たしてどこまで突き詰められるものなのか。私としては具体的事案ごとに個別対応を丁寧にやる以外の方法を思いつかないのだが。総括的な方法が何か出てくるか。どうやら今後、他の弁理士さんの意見を拝聴できる機会がありそうなのは、多少楽しみではある。

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