入口と出口---ADRのはなし
過日、知的財産仲裁センターでのネットワークドメイン名の裁定をめぐる事件のことである弁理士の方と雑談をしていたら、相手とどうも話がかみ合わない気がした。念のため、仲裁や調停について聞いて見ると、意外にもご存知なかったらしい。
▽ いや、しかしながら弁理士というもの、案外こういう手続きについて知らないこともあり得るのかも知れない。少しまとめておくとしよう。
■債務名義を取っても…
私的紛争については、それが民法で型がつく具体的な事件なら、民事訴訟という手がある。ひとつ脱線して断っておくが、仮定的な事件、例えば「仮にこんな権利があったとしたら、あいつから100万円ふんだくれるか」というような事件については、裁判所は裁判をしてくれない。
一方で民事上の紛争というのは、たとえ債務名義[※1]を取っても執行に支障がある場合もないとはいえない。と、いうのは執行文を付与[※2]してもらって強制執行に入れ、というのではなくて、強制執行に行ってみたら対象物がなかったというようなこともあるのだ。
[※1]給付の強制執行が可能であることを明示する書面
[※2]債務名義に記載された強制執行が有効であることを示す付記文
一例であるが、例えば特許争訟で、相手方の侵害品と目されるものを商品名で特定しておく。すなわち、「型番ABC−001」なる製品、とでもしておく。そして判決として差止の付帯請求として当該製品の廃棄のようなものを得たとして、「型番ABC−001」を相手の倉庫に探しにいくと、そこには「型番ABC−002」という製品はあるんだけど、「型番ABC−001」という製品がなかったりして、しかしどう見てもこの「型番ABC−002」は「型番ABC−001」だなぁ、でもなぁ…とか。要するに相手方が頭をひねって、いささか脱法的だけど、型番で差止が命令されているなら、型番だけ変えりゃいいだろ、ってな具合。そこで最近は訴える段階から少々頭をつかって、「別紙目録記載の製品」として、目録で詳しい製品の特徴を書いておく。型番や商品名でだけ特定しないようにしておくわけだ。
ありゃ、話がそれた。給付の話だ。これが給付でも似たようなもんで、債務名義を送って、さぁ支払えとやってもなしのつぶて、ということがある。金銭の強制執行ならば、「よくわかる民事裁判―平凡吉訴訟日記」の平凡吉ではないが、相手方の動産(タンスとかテレビとか)を差し押さえる手がある。執行官に差し押さえ物件の札を貼り付けてもらうわけだ。これは相手方も体裁が悪いから支払に応じたりする。まぁ、一種の嫌がらせだけど、債務名義を無視してはいかんわけである。
しかしながら特許紛争での損害賠償額は年々高まっているし、実際に支払い能力のある範囲で、ちゃんと支払ってもらうには、和解に持ち込むほうが良い場合もあるという。実際に、腕っこきの弁護士の中には、多くの知財訴訟で有利な和解を引きだしている人も多いと聞く。こういう人の場合、終局判決は殆ど敗訴だから、判決だけ見ていくと無能に見えるわけだけど、実は和解で勝ってたりするわけだ。と、いうわけで弁護士の能力というのは判決の履歴だけでは分からない。
■和解
それで、いや、そんな話じゃなくて、和解のことだ。ひろく「和解」というと、それは民法上の和解契約のことになる。
□民法695条
和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。
交通事故などの示談などは、この種の和解になるわけだけど、裁判所でも和解というのはある。訴え提起前の和解(即決和解)という手段と、訴訟上の和解というのがある。これらをまとめて裁判上の和解という。裁判上の和解においては、確定判決と同一の効力をもつ和解調書が作成される。和解においては、当事者は和解に応じるかどうかも、和解に応じたとしても和解条項に合意するかどうかも自由である。その意味で和解というのは---知財訴訟では多くの場合裁判官から勧められる(和解勧試)というけど---よほど適切な条項でないと、相手方も応じることがないわけで、ある意味で非力な紛争処理・解決手段(「法と裁判」,青山善充他,放送大学2000年教材)なのである。
■ADR
そして裁判所によらずに、民間で紛争を解決しようというのがADR(Alternative Dispute Resolution)である。このADRで行われる紛争処理の方法としては、代表的なものに仲裁と調停というものがある。
■仲裁
いっぱんに仲裁というと、争っている二人の間に誰かが入り込んで
「まぁまぁ…」
というのが仲裁であるが、法律上の用語となると例のごとく意味が変わる。この仲裁は、紛争当事者が、第三者である仲裁人に事件の解決を委ねる契約(仲裁契約)をする、というものである。仲裁契約をするかどうかまでは自由なのだが、仲裁契約が仲裁契約であるためには、各当事者が仲裁人の判断に従う、という契約条項を含むわけである。例えば我らが(?)知的財産仲裁センターにおける仲裁合意の文例には、
・申立人と被申立人は,仲裁人の行った仲裁判断に従い,異議を述べません。
・申立人と被申立人は,仲裁人が仲裁判断をするにあたって,理由の付記を省略しても異議を述べません。
という条項が入っている。つまり、仲裁人に解決を委ねたが最後、仲裁人の判断に拘束されることになる。裁判ではないから、仲裁人の判断に不満があっても、上訴の道はない。仲裁に入りたいときには、その申立に相手が応じてくれるかどうかが大きな問題になるのだが、この拘束力のために、申立にそうカンタンには応じにくいだろう。
■調停
調停の方は、後で述べる理由によって実際には裁判所が動かないといけないのだが、ADR機関でもそれなりに用意されている手続である。調停では、実は、調停申立に対して、申し立てられた側は、一応応諾しなければならない立場に立たされないといけない。簡易裁判所に申し立てがあったときに、相手方が応諾しないと過料が科されることになっている。
□民事調停法34条 裁判所又は調停委員会の呼出しを受けた事件の関係人が正当な事由がなく出頭しないときは、裁判所は、5万円以下の過料に処する。
しかしながら、民間ADR機関では、まさか応諾しない相手に過料を科す、ということはできないので、応諾するよう説得する、という手続になっているらしい。この辺がちょっと可愛らしい。
さて、調停については、一応、応諾が強制されている一方で、調停案に合意するかどうかは当事者の自由になる。つまり手続中、どうも調停案に納得がいかない、ということになればいつでも不調とすることができるわけである。
■まとめると…
ということで、以上の各手続きをまとめてみると、
和解は、話合いに応じるかどうかも、話合いの結果に合意するかどうかも自由である。
仲裁は、話合いに応じるかどうかは自由なのだが、仲裁人の判断には拘束される。
調停は、話合いに応じるべきところでは一応の強制がされている。しかし調停案に合意するかどうかは自由である。
そして、裁判は、話合いに応じるかどうかも、その結果についても裁判所によって強制されるわけである。これらを、その手続に入るかどうかを「入口」、手続の結果に応じるかどうかを「出口」と呼んで、
和解… 入口=合意、出口=合意
仲裁… 入口=合意、出口=強制
調停… 入口=強制、出口=合意
裁判… 入口=強制、出口=強制
と整理することができる(前掲「法と裁判」)。
■裁定
ちなみに、ドメイン名紛争については「裁定」という手続になる。これは申立人からの申立を受けて、登録者(ドメイン名のホルダー)に対して答弁の機会を与えるが、審理はパネルと呼ばれる専門家集団で行われ、その結果がJPNICなどの登録機関に通知されるという流れになっている。登録者は、予めドメイン名紛争処理方針(DRP:Dispute Resolution Policy)に合意して登録を受けているので、裁定手続への参加が強制されていることになる。従って、入口は「強制」ということになり、かつ出口も裁定の執行という形で強制されているが、裁判所へ出訴がされたときには執行が留保されることになっているようである(JP−DRPによる)。
□よくわかる民事裁判:
□裁判所の法と手続:
前掲「法と裁判」の本は amazon からはもう入手できないようだ。ただ、「よくわかる民事裁判」の著者の方が、放送大学教材を書かれているようであるが…。「法と裁判」に対応する授業のものであろうか。定かでないが…。
| 固定リンク





コメント