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2007年2月13日 (火)

「典型」のかたち

常識の範囲内だったことがらではどうにも片付かない事項が現れると、それに対して「通常でない」考え方が現れてまた新しい常識になっていく…。というのは、例えばトーマス・クーンの「科学革命の構造」的な考え方かも知れないけど、現実の社会でも似たような事例は多いと思う。しかし、拙速な「革命的論理」は、結局は受け入れられないことがすぐに分かったり、後で取り返しのつかない失敗になったりする。科学革命の場合、それは大きな問題になることはない(受け入れられない考えは結局いつまでも受け入れられないだけだ)が、社会の場合は、一つ一つの選択肢の選択が、社会全体の動きを伴ってしまうから、もうちょっと慎重にやったらどうか、とは思う。やりすぎると、学者みたいに "Academic indecision" に陥ってしまうのかも知れないが…。

「産業活力再生法の一部を改正する法律案」のことである。ツイ先日まで、パブリックコメントが求められていたと思ったら、もう閣議決定されて、166回の衆議院に提出された(衆先議)。
この法案については、某大手企業が強力に推しているのだ、と聞くが本当だろうか。

■特定通常実施権登録
□それが典型的でなくなってきたライセンス態様

 現行の特許法では、特許発明を誰か他人に実施させるためのライセンス許諾態様として、専用実施権というのと、通常実施権というのとを定めている。
 前者は、ライセンスを受ける側(ライセンシー)に対して、ある範囲で実施権を占有させる。ということは、その範囲では特許権者も実施できないということになる。ここでいう範囲というのは、時間的範囲(期間)、場所的範囲(例えば「関東地方」など)といったものである。
 一方の通常実施権は、どちらかというと消極的な実施許諾で、「やってても文句は言わないよ」という形態になる。従って、こちらの通常実施権は複数のライセンシーに対して重複して許諾していても構わない。逆に言うと、通常実施権者(ライセンシー)は、他に実施している人がいたとしても、その相手に対して何かを言う地位を持っていない。
 しかしながらライセンス契約の現状としては、法律として典型的なものと定められている専用実施権や通常実施権とは異なる態様のものがある。
 例えば、かなり以前から言われている独占的通常実施権というのがその一つだ。専用実施権の登録前の形態というか、要するに、あなた以外には許諾をださないよ、という特約を伴う通常実施権である。こうすると、許諾を受けた通常実施権者としては、いちおう他社の実施がないとの保証の下で特許発明の実施ができる。さらに特許権者も実施しないよ、という特約を伴うと、これは完全独占的通常実施権などとも呼ばれる契約態様になる。
 また、特許法上は問題があるのだが、「これこれの製品を製造するための特許権すべてについて通常実施権を許諾する」というような契約態様もある。特許番号などは特定されない。これが包括的ライセンス契約と呼ばれるものである。

□第三者対抗要件の問題
 また、専用実施権は登録によって効力が発生するというものであるのに対して、通常実施権は登録の必要がない。ただし、登録しておけば第三者対抗要件が備わる。難しい言葉で言ったが、要するにこういうことだ。

 ライセンサー(特許権者)Pが、特許権Xについての通常実施権を、ライセンシーAに許諾した。
 その後、Pは、特許権Xを別人Qに譲渡した。
 ライセンシーAは、相変わらず特許権Xにかかる特許発明を実施できるだろうか。

 通常実施権の契約に第三者対抗要件がない場合、P−A間で結ばれたライセンスはQに対して有効とはいえない。というわけで、通常実施権を登録しておかないと、Aは、Xにかかる特許発明を実施できなくなる。一方、登録しておくと、第三者対抗要件を備えるので、P−A間のライセンスがQに対しても有効になってきて、Aは、Xにかかる特許発明の実施を継続できることになる。特に、Pが倒産して、管財人が特許権の売却を促進してしまい、Qが特許権を譲り受けたときにこの問題があると、随分以前から指摘があった。

 しかしながら、登録をするということは、ライセンサーが誰で、ライセンシーが誰で、ライセンスの内容がこれこれ…という情報が公示されてしまうことになり、これはこれで企業秘密にしたい事柄が漏れでてしまう問題があったわけである。しかも包括ライセンス契約の場合、特許番号を特定しないから、通常実施権登録をしようにもできないのだ。

□産業活力再生法における新規登録制度
 ということで、産業活力再生法の改正法案第58条から第71条に亘り、特定通常実施権という題目で、現状の登録とは異なる登録制度で、第三者対抗要件を備えることのできる、新しいライセンス態様が定められることになった。いわく、

□産業活力再生法第58条第1項(案)
 特定通常実施権許諾契約により通常実施権が許諾された場合において、当該許諾に係る通常実施権につき特定通常実施権登録簿に登録をしたときは、当該通常実施権について、特許法第九十九条第一項(実用新案法第十九条第三項において準用する場合を含む。)の登録があったものとみなす。

ということだ。

■登録事項の謎
□公示されない問題
 と、ここまでは特許権者や実施権者側の都合ばかりを見てきたわけだが、一方で、登録が開示されていないのに第三者対抗要件が備わってしまうと、「その特許権を買い取ろう」とか、「(その特許権を持っている)企業を買収する」という側に問題が発生する。特許権の価値が見えにくくなるからだ。実施権が付帯している特許権は、実施権の設定がない特許権よりもやっぱり価値としては低くならざるを得ないのに、実施権がついているかどうか分からないワケだから。

 特定通常実施権登録は、特許庁において行われる。

□産業活力再生法第59条第1項(案)
特許庁に、特定通常実施権登録簿を備える。

登録事項は、次の通りになる。

□産業活力再生法第59条第3項(案)
前条第一項及び第二項に規定する特定通常実施権登録簿への登録(以下「特定通常実施権登録」という。)は、特定通常実施権登録簿に、次に掲げる事項を記録することによって行う。
 一 登録の目的
 二 特定通常実施権許諾契約により通常実施権を許諾した者の商号又は名称及び本店又は主たる事務所の所在地
 三 特定通常実施権許諾契約により通常実施権の許諾を受けた者の商号又は名称及び本店又は主たる事務所の所在地
 四 特定通常実施権許諾契約における許諾の対象となる特許権、実用新案権又は専用実施権を特定するために必要な事項で経済産業省令で定めるもの
 五 特定通常実施権許諾契約において設定行為で定めた特許発明の実施又は登録実用新案の実施をする範囲
 六 申請の受付の年月日
 七 登録の存続期間
 八 登録番号
 九 登録の年月日

この第4号が曲者に見えるのは私だけだろうか。
 なお、公示対象は、同法案64条に規定されているようだが、要するに「利害関係人」は登録事項について閲覧申請ができるということのようだ。この利害関係人の範囲は省令によるらしい。

□一方…
 一方で、平成18年12月に経済産業省が開示した、「包括ライセンス契約による通常実施権の登録制度」(http://www.meti.go.jp/committee/materials/g61215aj.html の 資料6)第4ページによると、登録事項は、

登録ファイルには以下の事項を登録する。
□ ライセンサーの氏名及び住所
□ ライセンシーの氏名及び住所
□  通常実施権を許諾する物
□  通常実施権を許諾する実施の態様
□  通常実施権を許諾する地域
□  通常実施権を許諾する期間
□  登録に含まれない特許権又は実用新案権の特許番号又は実用新案登
録の登録番号(以下「含まれない登録」という。)

□  その他(登録の存続期間、申請の受付の年月日、登録番号、登録の年
月日)

ここでは、「四 特定通常実施権許諾契約における許諾の対象となる特許権、実用新案権又は専用実施権を特定するために必要な事項で経済産業省令で定めるもの」ではなく、「登録に含まれない」なんだから、「特定通常実施権許諾契約における許諾の対象とならない特許権、実用新案権又は専用実施権を特定」する情報の登録が求められているのではないだろうか

まぁ、法案だから、これから審議を経てこのあたりがどのように分かりやすくなるか。または省令事項として特許庁が苦労することになるのか、それは良く分からないんだけど。

■議事要旨を覗いてみたら…
 ちなみに、産業構造審議会の第7回議事要旨を見てみると、「(権利の特定性について)」と題した議事において、

「・製品はどのように書いてもある特許権が入るか入らないかは第三者にはわかりづらい。具体例に則してシミュレーションすべき。」

との意見がある一方、

「・特定性について、実際のトラブルが起きたことはない。」
「・実施権の対象の製品が明らかになっており、譲受人は、ある製品について権利行使できないことが認識できれば十分。」

という意見がある。現状広く使われているライセンス態様といっても、典型的なライセンスとして昇華させるには、産業分野別のアセスメントも必要だと思うんだけど、「今のとこ、トラブルないよ」という意見を述べるような人には、そういう認識はないように思われる。
 対象製品が明らかだし、という人は、特許権の広さについて見識があるのかなぁ。部分品等についての特許権だったりしたら、どうなるわけだろう。

 議事要旨を全体的に見るに、推進派の意見は、「大丈夫、大丈夫」というに終始していて、ちょっと気になってしまった。それにしてもどうしてこの議事要旨には、発言者の名前がないのかなぁ。

■別の資料をみると、権利譲渡時には、もとのライセンサーがデューデリジェンス(価値評価)を行うことになっているみたいだけど、この法案では、どうも具体的な実像がまだ見えてこないように思う。ちょっとウオッチ事項に入れておくことにする。

□科学はExtra-Ordinal Scienceの時期を経て新しくなっていくが…
 トーマス・クーンの「科学革命の構造」:

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